このたび新しい出版社と仕事をすることになりそうなので、そこがどんな本を作っているのか、来週の打ち合わせの日までにちょっと偵察ということで、池袋のジュンク堂へと炎天下、せっせと自転車をこいで行きましたが、到着早々に天気が急変、結局3時間ほど足止めを食らいました。おかげで普段あまり見ない洋書()とか占星術のコーナーとか、料理本、婦人雑誌、地図などの売り場をゆっくり見られたので、たまにはこういう風に本屋に拘束されるのもいいかも。でも、後半はベンチに座って昼寝してましたが……。
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大阪ではエビ中職員会議ですか。今日はどんな話をしてるんでしょうね。もっとも、個人的には話の内容にそれほど興味はありません。
言っときますけど、エビ中の彼女らに興味がないわけじゃないですよ。運営が自らする打ち明け話に興味がないと言ってるんです。過去の話はどうしても時間に加えて話者の主観というバイアスがかかるから、ともすると本質から外れることが避けられない。歴史は思い出の寄せ集めに過ぎない、とはジョージ・サンタヤーナの言ですが、話者が頭の中で思い出の断片を再構築したものにそれほど高い値段をつけるわけには行きません。
いっぽう、将来の話は運営の希望であって実際にどうなるかは誰にもわからない。でも、この「わからない」ってところが人生の醍醐味なんですよ。最初から予定通りに万事進むのならわざわざ現場に行く必要もない。特にショウビジネスの世界は、舞台で様々な要因が複雑に絡み合って起こる化学反応にこそ命がある。音は空中に放たれるとその瞬間に消えてしまって二度と再現されない、という即興演奏家の有名な台詞を引かずとも、世阿弥だってアリストテレースだって、ストラスバーグだって似たようなこと言ってます。人間が頭で考えることなんて高が知れている。ライブにしろ演劇にしろ、スポーツの試合にしろ、ときどき人智を超えたことが起こるから我々は、少なくとも自分は魅了されるんです。
だから僕は彼女らの出るイベントにしか足を運びません。周りの凡百の大人の賢しらを聞いたところで毒にも薬にもならない。彼らの仕事はつべこべ言わずに彼女らが十全に仕事ができる環境を整えること、その一事に尽きる。でも、誤解のないように申し上げておきますが、エビ中の運営はその点に於いてはしっかりと仕事をなさっていると思いますよ、これまでのところは。
僕はとにかく彼女らの一挙手一投足をこの目で、耳で、ひいては五感、六感で確かめたい。ただそれだけです。
以上は僕の個人的な意見ですからね。人それぞれ考えるところはおありでしょうから、その自ら考えるところに従って行動してください。職員会議という催しそのものを否定しているわけではありません。以上の理由から自分は行かないと言ってるだけです。念のため。
(でも行った人のレポは楽しく拝見しますよ、読み物として。週刊誌のゴシップ記事を読むのと同じ呼吸です)