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畏友hiroyukiさんが興味深いことをブログに書いておられます。コチラ。
いよいよ推しと合一したいとおっしゃる。とは言え、ガチ恋もここに極まったかなどと笑うなかれ、そもそも対象との(特に精神的)合一はギリシア哲学の重要概念であり、プロティノスも精神の上昇過程をカタルシス(浄化)→テオリア(観想)→エクスタシス(忘我)としていて、hiroyukiさんの今の段階は最後のエクスタシスにあると言えます。
僕はもとより未熟者なのでまだまだ忘我の境地には至りませんが、少なくとも推しに対してはアリストテレースのいう観想的生活に入ってるかな。すなわち、美怜ちゃんに関しては、彼女と僕を取り巻く間接的/付随的意見=態度がどうあれ、美怜ちゃん自体を静かに眺めて(もちろん実際の姿を眺めるのではなく、心眼をもって「観想」しつつ)毎日を送る、そういう段階にある。ここ最近、人間の一生、特にその短さについて考えることが多かったので、すでにホームストレッチに突入した感のある僕は、残りの人生を善く生きたいという思いが強くなりました。好きなものごとに清澄な態度、やり方で臨む、というのはそのための一環でもあります。
要は雑音に耳を貸す暇はないということ。いちいち言うまでもないことですけど。
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明日はまた半日書店で店番なので、今日はできるだけ翻訳のほうを進めねばなりません。たまには晩酌の一杯も飲みたいけど、それはしばらくお預けですね。