形式と内容 | 霽月日乗・ホーマーEのブログ

霽月日乗・ホーマーEのブログ

個人の備忘録です。

ブログ、ブログコメント、僕は両方ともスマホで書いてます。PCではありません。

これでも文章を書くことを仕事にしていますので、自分の書いたものをざっと見て、漢字の配分とか、読みやすさとか、一応は気にします。

スマホは画面が小さいので、こうやって改行を気にしないで書いて(というか入力して)いると、句読点が行頭に来る禁則がどうしても避けられない。あれはあまり気持ちのいいものではありません。

だから最初のうちは、
このように、
適当なところで改行して、
行頭に禁則文字が来ないように
心がけてました。
今でも他人のブログに
コメントするときは
このかたちでやってます。

でも、自分のブログを書くときにはある時からそんな形式は無視して、一段落通して改行なしで行くことにしました。推敲するときに楽ですし、この方が自由に書けますから。自分が詩的というより散文的な人間であるということが、こういう点でもはっきりした気がします。

朝からチャールズ・ブコウスキーという人の詩をちょっと読んでました。知らない方はググってください。アメリカの詩人、小説家。無頼派、という表現がしっくりくる作風で、日本でもサブカル方面で結構人気があります。翻訳もたくさん出てます。

この人の詩は、自分がポエティックだと感じたものごとを素手で鷲摑みにして、それをそのまま何の料理もせずに皿の上にポンと差し出す、といった感じで、レトリックだの形式だのをハナから無視しているところが小気味いいというか、まあそういう人なんです。

例をあげましょう。晩年の詩集 In the Shadow of the Rose(1991)所収のsurprise time again という詩。こんな感じです。

it's always a surprise to some
when the killer is that clean-cut
quiet boy with the gentle smile
who went to church
and was nearly a straight-A
student
and also good on the athletic
field,
kind to his elders,
adored by the young girls,
the old ones,
admired by his
peers.


訳して原文のように改行しながら表記しますよ。


びっくりするじゃないか
殺人鬼が、実は小綺麗な
いつも陽気な大人しい少年だとは
教会にも行くし、
成績だってオールAの
優等生
運動だって
得意だし、
年長者にしたがい、
女の子たちの憧れの的、
お年寄りにも人気だ、
仲間内でも一目
置かれている


ね、詩みたいに見えるでしょ。まあもともと詩なんですけどね(笑)。でも原文をよく見ると、改行なしで一気に書くとたぶん詩とは思えない言葉遣いです。試しにこの詩の後半を改行なしでやってみましょうか。全部写すとアレなんで、途中は飛ばします。(このあと、殺人犯というのは醜くて太ってて憎たらしくて、いつも怒ってたりおかしな行動をとったり、何かしらのサインを出すものだとふつうの人は思うだろう、というくだりがあって、こう続きます)……


but a potential killer can never be judged by his externals(,) nor a politician, a priest or a poet.  or the dog or the women wagging tails.  the killer sits anywhere.


でも殺人鬼かどうかなんて、外見ではわからない。それは政治家や坊さんや詩人だって同じ。犬や女も尻尾を振ってるからといって、その実はどうだか。殺人鬼なんてどこにいてもおかしくはないものだ。


どうです、全然詩じゃないでしょ。

世紀の大発見、とまでは行きませんが、こうした字面の違いによる読み手への影響、効果を考えて、僕はブログコメントは改行また改行で行きます。もちろん自分の駄文を詩的に見せるためですよ。

いいですか、特に若いみなさん、学校で習い覚えたことは実生活でこういう風に応用するんですよ。だから出来るうちに何でも勉強しておきましょう。

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