2018年3月15日に父が亡くなりました。75歳でした。

2月に自宅で骨折をしてから入院生活を続けていました。

いくつも持病を抱えており食事の量も減っていたので

別れの日が近いのかなぁと感じることはありましたが

骨折の手術も無事終わりリハビリ専門の病院へ転院して翌日に

亡くなったことに家族も受け入れられない気持ちで過ごしてました。

月命日が過ぎて少しずつ気持ちの整理がつき始めたかな。

葬儀の準備から亡くなった後の手続きで連日忙しく出かけたことも

悲しみを癒してくれる時間だったかも。

急ぎの手続きはほぼ終わり月末の四十九日法要の準備にとりかかってます。


義姉が送ってくれた花

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実家へ行くと花と線香の香りに包まれてます。家

フルーツが大好きだった父なので写真の前にはフルーツも欠かさずお供えしてます。

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好物を見ると涙が出るけど

悲しみと折り合っていかなければと感じる日々。

若い息子を亡くした叔母が

「夕方が辛い…」と漏らしてた気持ちが今になってよくわかりました。

夕暮れに一人が辛いので予定のない日は家実家で過ごして

週の半分は泊まっています。実家で夕飯を一緒に作り

ダーリンが仕事帰りに合流して一緒に食べる生活がもう少し続きそうです。

父は私が3歳の頃、自動車事故で半年入院の重傷を負っています。

あの時亡くなっていたら私達の生活は全く違ってたものになっていたでしょう。

「生き運がある!」とよく言われながら過ごしていた父。

亡くなった日は49年前に事故に遭った日でした。

因縁やスピリチュアルなことに関心のない私も特別な日だったのかなぁと感じています。

入院中は毎日病院へ通ってたのに

亡くなった日は先に母だけ病院へ送って

私は用事を済ませて向かうことにしていたので間に合わず

母しか看取ることはできませんでした。

「ありがとう」を言えないままだったのが悔やまれますが

亡くなることを悟らせるようでやっぱり言えなかったかな。

来世でちゃんとお礼を言うことにしよう。