「天からの贈り物~峠の釜めし誕生秘話」 1988年4月26日 田中トモミ著

 有名な峠の釜めしの誕生秘話で、面白くてあっという間に読めた。

題名からも想像できるように、主人公でもある著者が、なにか目に見えぬ大きな手、例えば、神の配慮のようなものによって導かれたと思えてならないという経緯が、飾り気もなく、自慢もなく、淡々と描かれている。

 横川の老舗の駅弁屋を継いだ夫に嫁いでいた姉は、商売もうまくいかずに苦労している中、病弱の上に3人の子持ちだったが、突然に夫を亡くした。その窮地を救うべく手伝いに来たところから話は始まる。夫の葬儀も終わるが、床に臥せっている姉の代わりに駅弁の仕事を切り盛りし、どんぶり勘定などの改善も試みるが、なかなかうまくいかない。横川駅にはたくさんの乗客が通り、列車連結などで駅に停車する時間も長いのに、駅弁はさっぱり売れない。東の高崎、西の軽井沢に挟まれて、弁当が必要な客はこんな田舎の横川駅に売っているとは思わず、既に買ってきていたのだ。そのような不利な条件の上に、他の駅と同じような幕の内弁当を出しても、差別化もできていない。そのようなことを冷静に分析する主人公は、もともと経営の才が備わっていたのだろう。しかし、その主人公が今度は肺炎にかかり、長い療養生活を余儀なくされる。しかし、そのじっと安静に寝ていないといけない闘病生活の折も、午前、午後の2時間を寝座禅として瞑想の時間に活用する。そのときにふと思いついた釜めし弁当、季節の山菜を使って特色を出し、容器も持帰って再利用できる。病も癒えて横川に戻り、姉の同意も得て早速実行に移そうとするが、陶器の容器代は高く、重いことから、当時の常識から外れていて、国鉄の販売許可も下りない。十回以上、何度もケチをつけられたものを改良して国鉄の担当者に販売許可を願い出るが、却下され、新しい試みへの本人の一抹の自信のなさから、長い時間が経過してしまう。お役所体質の国鉄の責任者や、釜めし用の陶器を作る益子焼の担当者、いろいろな抵抗勢力もあるが、主人公らは決して無理を押し通そうとはしない。そんな中、横川の駅長は“これは絶対売れる”と、自らの立場を顧みずに応援してくれるし、試作販売したものをちょうど購入した長野の著名人、さらには駅弁に詳しい専門家のアドバイス、いろいろな応援者も現れる。主人公の姉妹は、知ってさえもらえれば必ず売れると、それでもあきらめずに地道に努力を続けていく。そうしたある日、下りの乗客が急に買い出す。1日せいぜい30個しか売れなかったものが、600個と爆発的に売れるようになる。文芸春秋に投稿されて、それをいち早く知った東京からの客が我も我もと求めだしたのだ。その売れ行きは留まることを知らず、遂に1500個から2000個も売れるようになる。(1日に2万4千個がその後の記録)経営者の姉からも「神様がちゃんと線路を敷いて、トモちゃんをここへ送り込んでくれたの。トモちゃんはこうなる運命だったのよ」と言うが、強引に進もうとせず、運命導かれて、ただひたすら努力を怠らない。“天からのご褒美”とはまさにこのことだろう。