前世って見えるの? | あっこちゃんの「あ〜人生はすべてぬちぐすい」ブログ

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セラピスト細川明子の日々いろいろ人生いろいろ。
日々いろいろ人生いろいろあるけれど、ぜんぶが命の薬(ぬちぐすい)なんだよね。

前世療法を受けに来るほとんどの人が

 

前世を自分で思い出すというのを

 

前世が「見える」と思っている。

 

 

 

 

私たちにとって

 

視覚という感覚は、

 

とても大事だし、

 

視覚からの情報はたしかにパワフルだ。

 

 

 

 

 

でも視覚は、

 

いろいろな感覚の中の

 

たったひとつの感覚。

 

 

 

 

だから

 

前世を思い出すとき

 

「見える」こともあるし、

 

ぜんぜん見えなくて

 

体の感覚、たとえば痛みとか、重さとか、で思い出す人もいるし、

 

気持ち、たとえば寂しさとか、怒りとか、悲しさで思い出す人もいるし、

 

ときどき音で思い出す人もいたし、

 

臭いで思い出したひともいたなあ。

 

 

 

どんな形で思い出すのかは、

 

まったく関係ない。

 

 

 

 

見えても見えなくても

 

まったく関係ない。

 

 

 

 

だって

 

前世でどんな柄の靴下を履いていたかなんて、

 

知ってもあまり意味がないじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

どのひとにも説明するのが、

 

前世は

 

過去の自分が経験した、言わば「思い出」なので、

 

みんなちゃんと覚えているし、

 

知っている。

 

よ〜く知っていることなんだよね。

 

それをただ思い出すだけ、

 

ただ知るだけ。

 

 

 

どのひとも

 

よ〜く知っていることを

 

ただ思い出すだけ。

 

ただわかるだけ。

 

 

 

 

 

だから思い出すと、

 

なるほど、と

 

納得できる。

 

 

 

 

そして

 

すっきりするんだよね〜。

 

 

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