そこに ベクトルのようなものは ない。

 

換言すれば 360度という方向に ベクトルは向いている。

 

それが 生きるということであり

 

だんだんと その実像が うすれていく過程。

 

あるいは 「無」の方角に向かって 

 

私たちは 生きている。

 

無常… そう 世は無常と ひとはいう。

 

だが、 私たちは 常に「無」という「常」を 常に求め

 

日々 笑ったり 悲しんだり

 

そして ときに 無常ではない場所 心が帰る場所に

 

思いを馳せる。

 

なぜ 別れはあるのだろう・・・

 

何故 出会いがあるのだろうか・・・

 

無意味にあふれた この世のすべてものに 出会い

 

そして 別れを 告げる。

 

さて

 

自分自身と 出会えたことが あるだろうか?

 

自分は 本当に いるのだろうか?

 

「自分」と別れることは できる日はくるのだろうか?

 

メンタルケアの業界では 当然の如く こう言う。

 

“他人を変えることはできない。

 

だから 自分自身が 変わるしかない、

 

この世の 人間関係の悩みから 解放されるためには”

 

そのような 言葉を 真に受けて 

 

生きるのが らくになった などと 思う人もいる。

 

自分の思考の癖に 気づき、それを 意識することで

 

世の中は 少しだけ 変わったように 感じることもある。

 

ただ、

 

気づきとは 錯覚に 他ならない。

 

自分で 選べば 良いだけだ。

 

その嬉しさは 本物で

 

この悲しみは 偽物だと。

 

なにより、 すべては 錯覚で 成り立っている。

 

そのことに 気づき、選択すればよい。

 

 

”他人の死” に 対する恐怖心が

”自分の死” に 対する興味と好奇につながっていく。

 

その関心を増幅させてゆく、危険なまでに・・・

 

 

 

 

 

 

「心のカウンセリングルーム」として活動を始めて

 

もう5年近く 過ぎようとしています。

 

いろいろなことを 勉強させていただきながら

 

今は ホームーページを 若干 改編中です。

 

少しでも 興味をもってくださった方

 

ご意見等 よろしくお願い致します。

 

https://counsel-your-voice.jimdofree.com

 

西村いくえ

みなさま、お花見 もう 行かれましたか?

 

今日は 知人から 連絡があり

 

「ん? お誘い??」

 

と、 瞬間 思いつつ

 

「お花見 行ってきたよ」

 

・・・・・・・・・

 

(おぃ! 誘えよ!! なんて 思いつつ)

 

逆に 「お花見いかないの?」と 聞かれ

 

広島アウェイの私に なんてことを聞くんだ!!?

 

(誰と 行くんだよ!? アタシ……)

 

 

お花見と一言でいいますが、いわゆる 『満開の桜の花』なら

 

先日、買い物に行く途中 見ました。

 

綺麗ですね やっぱり。

 

年々、白く やや青白く 光り輝くように 見えます。

 

そんなとき、 ふと 思いました。

 

なぜ お花見 といえば 『さくら』なのでしょうか

 

ひとこと 『花』といえば それは 人それぞれ 

 

あなたにとっての 『花』

 

それは 何でしょうか?

 

仏壇に飾る花も 『花』です

 

お墓に 挿してある花も 『花』です

 

あのとき、自死した彼の 現場に あの翌日 私が持参した花も 『花』です。

 

いまや 心の中にある 花です。

 

私が いま一番 行きたい お花見は

 

彼が その親族から お墓に入れてもらえることを 拒否された

 

彼の おうちの お墓です。そこに咲く花です。

 

既に 亡くなっていた お父さんや 弟さんたちが

 

葬られているお墓。

 

もちろん 誰も そのお墓を 訪れる者は ありません。

 

でも 私は 彼の遺骨が どこにいったのか… 

 

それすら 探し当てることのできなかった でも

 

彼は 彼の魂は 間違いなく あの お墓に あります。

 

きっと きっと……

 

なぜ このような お話をしているかと 申しますと

 

先日、知人と 久しぶりに カラオケなるものに 行きました。

 

その人は あいみょんの 「猫」という歌を 歌いました。

 

私は 初めて聞きました その曲を。

 

その人は 決して 歌が お上手とは 言い切れない でも

 

私は その歌声を その歌を 初めて聞いて

 

その場で 涙が 溢れました。

 

どのような事情があれ 私が 前を向いて 生きていくためには

 

「彼に 会いたい」

 

そのようなことは 思いません。

 

私は あのとき あの場で 彼の死を すんなり 受け入れました。

 

「今まで よくがんばったね おつかれさま」

 

この言葉は 私の母が すい臓がんで 亡くなった時にも

 

母にかけた 言葉です。

 

ステージ4が 発覚してから 癌の治療が始まり

 

本当に 苦しそうでした。

 

でも 母は 十分すぎるぐらい 頑張りぬいたと 思います。

 

母が 病院で 息を引き取ったとき 真っ先に 思い浮かんだ言葉は

 

「本当に おつかれさま」

 

私自身、不思議と 安らぐような 気持ちでした。

 

話は 戻りますが、もうすぐ 先述した 彼の命日が 訪れます。

 

あれから、もう2年経ったのか 3年経ったのか

 

正確には もう思い出せません。

 

というより、もう思い出しません。

 

私に 遺書を残した彼は 私に 「ゴメン」

 

そう残しました。

 

バカだな! 何も怒ったりしないよ!

 

とっくに とっくに 私は 彼のことは 許してます。

 

他方、

 

私には一度 離婚歴があります。

 

もう離婚して 5年以上は 経つのではないでしょうか。

 

今日より遠くない日々の ある日、彼の携帯電話に 

 

なぜか 私は 電話をかけてみました。

 

離婚の原因は ここでは 割愛しますが 簡潔に 彼に問題がありました。

 

離婚するしか道はなかった お互いにとって。

 

そんな彼に 考えの甘い私は 携帯電話を手に取って

 

弘樹という名の 初婚のだんなさんに 電話をかけました。

 

結果 どうなったと思いますか?

 

着信拒否されてました。

 

私は 電話番号も 変えたはずなのに

 

どうして???

 

でも、

 

それで 彼の 意思は 十分 私に伝わりました。

 

私は 許されない

 

許されていない

 

そうなんだと。

 

生き別れと 死に別れ。

 

生き別れが 私にとって 現実であるのであれば

 

死に別れは ファンタジーです。

 

それは 甘い蜜。

 

地獄のような 現実の真っ只中にいる わたしは

 

こう思う。

 

地獄の本当の 恐ろしさは

 

底がない と いうこと だと。

 

 

朝方まで 深夜から ちょっとした作業をしていて

 

気づいたら 朝ごはんも食べ終わって 時計の針は 五時半

 

少し休憩しよう… 

 

そんなふうに思いながら 何気なく 横になる

 

いつの間にか 次に気づいたら 時間は 九時半

 

少し寝ていたようだ

 

そして 紛れもなく ゆめをみていた…

 

ゆめの内容には 触れないが イヤな思いはする

 

なぜか。

 

いま すーっと思うことは 私が生まれ育った あの場所に

 

帰りたい

 

いっときでいい。帰ってみたい。行ってみたい。

 

私は そこに 何かを 忘れてきている。

 

何不自由なく 育ってきた そう思っていたし 今でも たぶん。

 

だが、私がみる ゆめは いつも バイオレンスに 満ちている

 

恨みと 憎しみに 満ちている。

 

自分でも なぜかわからない。

 

そのこと自体について 自分では なぜだろう?

 

そして 一種の 悔しさを 感じる。

 

涙が 落ちる。

 

私を ここから 救えるのは あなただけ。

 

私ではない。

 

言葉は軽い

 

空気のように軽い

 

どれだけ笑って騒ごうが どれだけ泣き叫ぼうが

 

その軽さは 変わらない

 

人生もまた 皮肉なのか 夢のように儚く

 

そして 軽い。

 

自動販売機で買った 一本のペットボトルの水の方が

 

はるかに重い。

 

でも その水を 飲んでいくうちに ペットボトルは 

 

だんだんと 軽くなってゆく

 

そして、いつしか 空になる。

 

もう あの頃の 重さには 戻れない。

 

もう 「あの頃」には もどれない

 

そうして、 現実に 私は いま いる。

いつからか 

 

私は 黄色やオレンジ色が 私の好きな色になっている。

 

それまでは 濃い緑色や青い色が 好きだったはずなのに。

 

 

私の家から 電車の最寄りの駅までは サンダルで のんびりと 歩いても

 

10分の 徒歩圏内。

 

いつも 決まったルートで 私は 家と駅の間を 行ったり来たりするのだが

 

そのルートの途中に ひとつ 大きな交差点があって

 

必ずと言っていいほど その地点に来ると 

 

信号待ちをする 短い時間が 私に 訪れる。

 

そして これもまた 必ずと言っていいほど

 

私は その交差点の角に 咲いている 黄色い小さな花たちと

 

目が合うのだ。

 

行き交い すれ違う人たち 

 

誰ひとりの顔にも 目を止めない私が 唯一 そのために 立ち止まってしまう

 

あの 黄色いお花たち。

 

「今日も 咲いてるんだね」

 

心の中で 私は そのお花たちに 声をかける。

 

そうすると

 

一気に つきぬける風に あおられ たなびく花たちは

 

それら自身のやり方で 私の声に こたえてくれる。

 

長い時間をかけて 交わしあう言葉は 特別 なにも ない。

 

そして 信号が青になると 私は 黄色いお花たちに

 

「またね!」

 

そう 言葉をかけ 振り返ることもなく

 

横断歩道を渡り 進んでいく。

 

 

あの 信号待ちの時間は 常に 私と 黄色いお花たちとの

 

一期一会のために 与えられた時間だ。

 

 

もしも 私に 愛する人がいれば その人との関係は

 

絶え間ない 一期一会の連続に ほかならない。

 

 

明日は 明日の 風が吹く。

 

そして 私たちも その 『明日の風』に

 

永遠に 吹かれ続けるのだろう。  

 

虐待は連鎖すると よく言われる。

 

よく言われるだけあって 現実に

 

ホント 珍しいことではない。

 

しばらくの 年月が過ぎたが

 

縁あって ある人の過去を知る機会を得た。

 

その人は、幼い時に みずからも 両親から虐待を受け

 

そして、自分が親になったとき、やはり我が子に

 

虐待を加え 逮捕された。

 

当時の詳細は わからないが、もしかしたら

 

酒を飲んでいたのかもしれない。

 

たまたま イライラしていた時であったのかも しれない。

 

だが、そのようなことは 問題ではない。

 

10歳にも満たない 我が子に 暴力をふるったこと

 

それこそが その親子にとっての 重大な問題である。

 

その人物が逮捕されると 虐待が行政の知るところとなり

 

幼い子ども(以下、「A」とする。)は 施設に預けられることとなった。

 

Aは、毎日、毎日、施設から ひとり 小学校へ通い

 

ひとり 施設に帰る。そして、

 

ひとり 施設で眠る。

 

施設は、Aの家と小学校の中間ほどの場所に 位置していた。

 

自分の家なのに 帰りたくても 帰れない。

 

親、兄弟のいる我が家に 帰ることは 

 

Aには 許されなかった。

 

家族から ひとり 引き離されたAは

 

自分のことを 家族の皆が 忘れてしまうのではないか…

 

そんな 恐怖心があったように思う。

 

Aは 頻繁に 家族に宛てて 施設から 手紙を書いて送った。

 

私が 本当に縁を結んだのは まさしく

 

その手紙たちとである。

 

私は その手紙 ひとつ ひとつを 手に取り

 

封筒から 幼い字面で 書き綴られた ペーパーを 取り出し

 

丁寧に 目を通していった。

 

その過程で 私の目からは 涙が 止まらなかった。

 

だれが この子(Aのこと)を これほどまでに やさしい子に

 

してしまったのだろう…

 

それが 私が抱いた 手紙に対する感想である

 

以下、その手紙の内容を 一部 抜粋したい。

 

『お母さんとお父さんへ

 

 お母さん、お父さん、いつも ありがとうございます

 

 ぼくが あかちゃんのときに いっつも ごはんをつくってくれて

 

 ありがとうございます。

 

 あと、お母さん ぼくお うんでくれて ありがとうございます

 

 ぼくが ちっちゃいころに、おむつとか かえてくれて

 

 ありがとうございます。

 

 ぼくは、1つ 1つ のりこえていきます。

 

 この、てがみをよんで ぼくは なきそうになりました。』

 

『お父さんへ

 

 お父さん お元気ですか。

 

 ぼくは 元気です。

 

 ぼくは お父さんから てがみをもらって すごく うれしくて

 

 ないてしまいました。

 

 お父さんが いろんな きもちなのをしり 

 

 ぼく、かなしくなりました。』

 

 (手紙の抜粋はここで終)

 

 

この手紙を書いた子は いまごろはもう いい大人に なっていることでしょう。

 

最後になりますが、私の心に迷いがあります。

 

なぜ 私が このような手紙を 手に取ることができたのか

 

その部分に 触れていいのか わかりませんが

 

現実から 逃げることは したくありません。

 

上の手紙に出てくる「お父さん」と よばれる人物

 

その人は 自死しました。

 

そして、まさしく これらの手紙は その人の遺品の中に ありました。

 

きれいに 整理され 保管されていました。

 

どのような気持で その手紙たちを 保管していたのか…

 

それは 私には 想像もつきません。

 

そして、当時は10歳にも 満たなかった Aは 

 

彼自身の 成長を経て いまや 大人になり

 

その「お父さん」の遺骨に 手を合わせること ひとつ しませんでした。

 

(アップしている画像は封筒の裏面の一部です)

 

 

もう5月のことでしょうか。

ある一人の人物と保護猫活動をしている中で出会いました。

その人が何気なく書いているネコちゃんの絵に私はすごく愛を感じました。

とにかく内容もさながら、あとがきが感動的で、私はこの絵本作品案の出版を提案し、

クラウドファンディングをたちあげました。

まずは、↓のyoutube をごらんください。みなさんなら、どのようなストーリーを想像しますか?

 

 

 

 

いったい、どんな物語なのでしょうね。

作者である、ひぐちともひさ氏の了解を得て、前半を朗読してみましたので、

御聞き苦しいところもあるかと存じますが、ご寛恕いただき、この作品のページを開いてみてください!↓

 

 

 

上記の通り、この作品は「柳川町で猫は生きている」というタイトルの作品です。

私は、正直、この方の作品中、最後に書かれた「あとがき」に非常に感銘を受けました。

そして、改めて本作品を観ると「生きる意味」とは何なのか?そもそも「意味」というものが何であるのか?

そして死とは何であるのか・・・

「生と死」を根底に捉えた深い作品であり、また哲学的に日常に寄り添った作品だと個人的には思います。

読めば読むほど味のある作品です。答えのでない作品です。だからこそ問うことの意義を考えさせられました。

作者の方は、大変、思慮ふかい、愛に溢れた方なんだと思います。

だからこそ、私はひとりでも多くの方の目にふれ、ひとりでも多くの子どもさんの目に触れる機会ができますよう

本作品の出版と流通を目指してクラウドファンディングを立ち上げました。↓↓

 

 

ご理解、ご賛同いただけます方はぜひ、ご協力の程よろしくお願い申し上げます。

 

最後になりましたが、この作品名は「柳川町で猫は生きている」というものです。不朽の名作です。

 

西村いくえ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんでもいい。

 

いっしょうけい本気でやれば、涙がでるときもあって当然。

 

今日は、久しぶりに泣きました。

涙に色も味もありません。

 

今日は、胸の中、悔しさと苦しさしかありませんでした。

 

ところで、先日、ある一冊の絵本と出会いました。

 

著者に許可を取った上で紹介したいと思います。

 

さいしょは、「絵本?」と思いましたが、読めば読むほど深い!!

 

みなさんにも紹介したく思いますが、まだyoutubeを発見できずにいるので

 

いま私のホームページのトップに、宣伝用の、その本の動画をのせてます。

どうぞ、ぜひ、ご覧になられてみてください。

 

https://counsel-your-voice.jimdofree.com

 

感想など、ご意見ちょうだいできますと、うれしいなぁ~

 

 

 

 

ひろくんへ

 

ちょうど今日、離婚して2周年がたちますね。

 

私には、あのときから、地獄のような日々でした。

 

あなたは、どのように生きてきましたか。

 

離婚してしばらくは、私はあなたに対する憎しみしか

 

ありませんでした。

 

そんな私でしたが、くろさんと一人の方が

 

私を支えてくれました。

 

あなたは、誰かに助けられ、支えられ、ときに救われて

 

生きていましたか。

 

くろさんが死んでしまって、本当に一人ぼっちになった時

 

私は、完全に生きる意味を失いました。

 

 

あなたはずっと私のことを 騙して 利用してきたのですか?

 

私のことは愛していなかったのですか?

 

私は全力で あなたのことを 大切にしてきました。

 

なにもかも 犠牲にして。

 

 

あなたに 人を愛することは できないのでしょう。

 

 

その気持ち 揺らいだり 揺らがなかったり・・・

 

それとも 私に愛が足りなかったのでしょうか。

 

ここ1っか月 そんなふうにも 思います。

 

私がもっと あなたのこと 愛して 信じて 待っていてあげることができていたら

 

私の人生もまた 今とは 変わっていたのかもしれない。

 

何が正しく、 そして 正しかったか

 

その答えは 私にはでません。

 

後悔しているわけではないですが、

 

自分自身を責める気持ちが出てきたのは 本当です。

 

さみしさ故でしょうね。

 

あなたと一緒にいた時のこと

 

楽しかったことが たくさんあったであろうことを

 

最近よく 考えます。

 

「私が笑ってくれるのが嬉しい、だから馬鹿なことも一生懸命する!」

 

そのようなことを言っていたことも 思い出します。

 

初めのころは あなたのことが 憎くて 悔しくて 苦しくて

 

なんども 泣いては 「どうしても許せない」

 

「私から 何もかも 奪っていった」

 

そう思っては 精神的な発作をよく おこしていました。

 

ある日 電車の中で こんな言葉が 空から降ってきました。

 

 

もう彼を許そう…

 

人を憎みながら生きる苦しさを知り

 

私には それが もう 耐えられなかったからです。

 

ですが 人を許すとはどういうことか 

 

それが 最初は まったく わかりませんでした・・・

 

2年が過ぎた今の私は こう思います。

 

人を許すとは 人に感謝することだと。

 

私を好きになってくれて 結婚してくれて

 

一緒に住んでくれて いつも側にいてくれて

 

みんなで 私の転勤についてきてくれて

 

働かなくてもいい

 

借金してもいい

 

ギャンブルをしてもいい

 

 

ときに 嘘をついてもいい

 

犯罪をおかしてもいい

 

それでも 私を頼ってくれた ひろくん

 

私はあなたを 見捨ててしまった。

 

あなたがくれた幸せな気持ちを 私は自分で捨ててしまった。

 

私はあなたを 本当に 心底 信用していました。

 

自分自身以上に。

 

それが 私は 何かが わかったつもりでいて

 

だから 裏切られたと 感じてしまった。

 

私が わかった 理解していると 勝手に思っていたこと

 

それが 単なる エゴイズムであったと いまでは そんなふうにも

 

思います。

 

こっちゃんとくろさん

 

うさぎはさみしいと 死んでしまうなんて きいたことあるけれど

 

あいつらは そんな キャラじゃ なかったよね。

 

こっちゃんが死んでしまったのは あなたのせいだと

 

私は こころの中のどこかで まだ そう思っている

 

でも それは それで。

 

それは 真実は 彼のみぞ知る それを私は裁いてしまった。

 

くろさんは 自分の死期を 自分で解し

 

自分の死に場所に 走って 直進した その姿は

 

いまでも 私は 忘れられません。

 

5年間も一緒にいてくれた くろさんだから。

 

悪さもいっぱい してたけど

 

そんなの 可愛いもので

 

2羽とも 私たちのこどものような 存在だったよね。

 

親が 子供を殺す

 

子供が 病死する

 

よくあることじゃないかと みんながいなくなった今

 

私には 受け入れられる。

 

こころのケアができていない 自分自身の方が  

 

私には 受け入れられない。

 

そして、あなたに 会いたいと 私は そう思う。

 

会ったところで、話をしたところで

 

そんなことしなければよかったと 思うことは

 

想定済み。

 

それでも 私は あなたを 思い出す。

 

決して 悪い思い出ではなく

 

楽しかった思い出。

 

そんなこと言ってはいても 本心 私は あなたのことは

 

許していないと思う。

 

それでも それでも 思う ありがとう。

 

そう言えるまでに 私は この2年間 一人の人に 助けられてきた。

 

どんな暴言を吐かれようとも ともにいることの 尊さ。

 

人として成長させてくれてもらっている ありがたさ。

 

そんなことに 私は 気がついた。

 

誰といようと 誰を助けようと 助けられようと

 

人は ひとりなのだと。

 

孤独ほど 人を変えてしまうものは無いのだと 知った。

 

優しさも忘れ、信じる心も忘れ、なにごとにおいても ありがたさを忘れ

 

罵るこころしか 残さない。

 

他人のことを考えないように 自分自身のことすら 考えられない。

 

つまるところ、

 

生きてはゆけない。

 

人生 どん底にまで落ちた私には もう立ち上がる そのやり方すら

 

わからない。

 

でも それは 誰のせいでもない。

 

私が 私で 乗り越えなければ・・・

 

そこに 気づいたことも あなたへの 感謝の思いにつながる。

 

 

自分の人生がこれからどうなるか

 

私には まったくわからないし どうでもいい。

 

ただ 続いていく限りは 本当に何ももたない私だが

 

感謝の気持ちは 持ち続けないといけない。

 

そう思った。

 

人として そうあるべきだと思った。

 

そして いつかきっと 本当に あなたに会いたいと

 

そう思える日が来ることを 私は 待つべきだ。

 

ありがとう と言える日を。

 

 

ひろくん、いろんなこと ありがとう。

 

 

 

こっちゃんも くろさんも ありがとう。

 

そう思える限り 私は 生きている。

 

歳をとるために働くのか

働くために人は歳をとるのか・・・

 

換言すれば

 

人は生きるために歳をとるのか

歳をとるために生きるのか・・・

 

人はきっと

生きるために生まれてくる

 

そして多くの死に触れながら

人は生きる。

 

もちろん、その中に己の死も含みつつ。

 

誰かが言った。

無数の屍の地層の上にこそ、一輪のアートは華開く。

 

そういった屍たちを「犠牲」と呼ぶことができるかもしれない。

 私たちは

犠牲者と常にともに在る。

 

「犠牲者」たらざる者は感謝のこころを持たされ続けてきた。

ときに、偽善者といわれながらも。