明けましておめでとうございます。
さて、まずはここから行ってみますか。
まずは、要点を纒めた昨日のブログを、もっと解説したのが、こっちのブログの記事になります。
それでは、行って見ましょう。

日本人全員にお金を同額配る事で、日本人全員に等しく購買力が付く

まあ、これは当然ですね。
その為にお金をばらまくわけですから。
逆にそれ意外にばらまく必要が何処にあるのかと。

貧乏人の為? もっとバラまけと?

貧乏人どうこうというのは、結果的に、そうなる可能性がかなり高い、というだけの話で、始めからそれを狙っているわけでは、ありません。
そういうのは、「生活保護」なり、福祉がやるべき仕事です。
福祉には、しっかりと仕事をしてもらいましょう。

「なぜ、貧乏人も金持ちも無職も、みんな同じ額?」

と思った貴方、そう、【一律給付】こそが一番間違いが無く・一番速く・一番行政の負担が少ないのです。

スピードの速さは、前回の一律給付金の時に示されましたね。
あれよりも速く配る事は、不可能だろうと、誰もが認める速さでした。
間違いのなさもその通りで、そもそも、この手続きがしっかり通れば、普通に10万円貰えるので、手続きでわざわざ揉め事起こす必要なんて最初からなかったのです。
そして、行政の負担。
今までは、必要以上に審査能力に手間暇をかけてました。
なぜかというと、国民が、「選択と集中」が大好きな国民が多く、他人の幸せを崩してやろうという人が多かったからです。

生活保護とは

だから、生活保護なんて、基本的には誰でも入れる制度なのに、「選択と集中」に蝕まれて、こんな極一部の限られた人しか使えないような、ダメな制度に成り果てました。
皆さん、「選択と集中」って意味判ってます?
これは、難しい言葉で言うと、「普遍主義と均衡主義」と言う奴です。

普遍主義と均衡主義

普遍主義とは、線つまり確定線は引かなくて良い。
一見して、分かればそれでよい。
というもの。
だから、基本的に全ての人間があてはまる可能性があります。

それに対して、「選択と集中」とは、当てはまる可能性を厳しく排除した上で、当てはまる人に、当てはめてあげよう、というものです。

どう違うのか、というと、基本的に当てはまらないだろうな、という人と、基本的に当たるだろうな、外れはしないだろうな、という人に別れます。
つまり、基本的に人を既に2つに分けているのが、均衡主義なのです。
日本人は、お金を大切に思う余りに、均衡主義を採用し、本来なら喜ぶべきところである、家・車などを手にする事それ自体に抵抗がある、そんな人を増やしてしまいました。

均衡主義の欠陥

そして、均衡主義の欠陥は1つだけではありません。
貴方は、「あいつは生活保護なんだから、貧乏に違いない。」という事が周囲に漏れて広まってしまう事が、「スティグマ」として極めて問題になっています。
実際、公共機関がそのように判断した上でお金を渡しているのですから、その判断は間違いないものです。
しかし、この事が漏れると、情報処理上極めて不味い事態になる事は、容易に想像出来る事は明らかです。
しかし、それにも関わらず、「選択と集中」に汚染された地方自治体の職員は、それを棄権してしまいました。

これにより、生活保護の信用度が下がり、それに関わる職員のレベルにまで疑われるレベルまで下がりました。

スティグマとは、本来は貧乏な人が富裕層に対して立ち向かう時に使う言葉であり、同じようなレベルの人同士を仲間割れさせる時に使う言葉ではありません。
こうして日本語は乱れていき、そして消えていくのでしょう。

スティグマと日本語

スティグマは、本来日本語に無い言葉です。
それを無理矢理に使った方が話が早いというのは、語彙の貧困さを表していますね。
皆さん、こういう言葉を使った詐欺には乗らないように、気を付けましょう。

インチキや中抜きが出来ないシステム

セキュリティの高さは、誇っていいですね。
日本でもここまで速く、そして、インチキも中抜きも出来ないシステムを作り上げました。

全ての人に、公平・平等に配る

これは、一度やってます。
そして、何の問題も無く、無事に終わってた事により、私は何も心配していません。

人の数だけお金を配る

勿論、活きている人々全てですね。
人が活きている限り、国はお金を払う責務があります。

これにより、働く事によらない収入によって、活きている人が出て来るでしょう。

そして、国がお金を直接配る事によって、新しいお金がたんまりと人々の懐に入ります。

これは、お金を配る方法として、お金の行き来出来る道を作る事にもなります。

今までと違って、直接配るのですから、みなさんの目に見えて、直接触れるのです。
間違えようがありません。

どうです、ベーシックインカムほしくなりましたか?