戦前や明治どころか、日本は天保の時代から1ミリも変わっていない!(ラサール石井)

【ラサール石井 東憤西笑】
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現在、長谷川伸の「瞼の母」をある劇団のために脚色している。昔映画で大流行した股旅ものの代表作、最近では草彅剛さんも演じ、歌舞伎では中村勘三郎の当たり狂言であった。
天保の時代、利根川の周辺、今の鹿島神宮のある茨城県、常陸国と利根川流域の千葉県、下総国。ここに笹川繁蔵と飯岡助五郎の2大勢力が覇を競っていた。
これが俗に言う「天保水滸伝」の舞台だ。「瞼の母」はそのスピンオフのような作品である。
いろいろ調べていくと面白い。侠客というのは要は地元の実力者。荒くれ者をまとめて子分にし、地元の治安や利権を守る。農民側に回れば頼もしい親分になり、権力の手先になれば悪役になる。
収入は各地で開かれる博打場だ。とくに鹿島神宮の祭りでは賭場は盛大に催される。また祭りは飢饉や厳しい年貢に苦しむ農民たちの息抜きでもある。まさにアメとムチ。農民に不平を言わせず働かせるためだ。
飯岡助五郎はお殿様を接待し袖の下を渡し、お上から十手をいただき岡っ引きになる。警察権をもらうわけだ。権力を後ろ盾にして力の支配を正当化する。奇麗な娘がいれば、その父親を博打ではめて借金をつくらせて、そのかたに娘を売らせ、芸者や遊女にして殿様や豪商にあてがう。それを救うのがどこの一家にも属さない旅から旅の旅ガラス。
これが痛快時代劇のお約束だが。一匹狼が権力を敵に回すのは、公開当時の左翼運動などの影響があるのかもしれない。
さてこの構図。よく見りゃ今も変わらない。殿様を政治家、豪商は大企業。農民は値上げや税金に泣く一般庶民。祭りは「万博」、賭場は「カジノ」。身売りされるのは「派遣社員」だ。
政府は戦前や明治に回帰してるのかと思ったら、一周回って江戸時代にまで戻ってしまったのか。
いや、ひょっとしたら天保の時代から、この日本は1ミリたりとも動いていないのか。
(ラサール石井/タレント)