「円安」の先に待ち受ける「稼げないニッポン」最悪のシナリオ 日本経済の終わりの始まり…?


鷲尾 香一


原油・資源高に加え、止まらない円安


日本経済がジリジリと衰退している。原油・資源高に加え、急速な円安進行による輸入物価上昇。これに対して、何ら有効な手立てを持たない政府と日本銀行。だだ、本当の衰退はこれから始まる。そして、それは日本経済の根幹を揺るがす可能性を秘めている。




筆者の21年10月22日の『日本国民に大ダメージを与える「不景気中の物価上昇」が現実味を帯びてきたワケ』には、すでに現在起こっていることが予測されている。


原油・資源価格の高騰と円安により、輸入物価を中心に物価の上昇が始まり、物価上昇はこれから本番を迎えると予測した。


そして、この物価上昇は、「不景気の中の物価上昇(インフレ率の上昇)」という“スタグフレーション”につながる可能性があると警鐘を鳴らした。


※スタグフレーション(stagflation)とは、停滞を意味する「stagnation」と、物価の上昇(=インフレ)を意味する「inflation」を組み合わせた造語


毎月の企業間で売買する物品の価格水準を数値化した「企業物価指数」が日銀から発表されている。その中の輸入物価指数を見ると、21年6月に100を超えた指数は、その後急激な上昇が続いている。(「輸入物価指数」は、基準として2015年を100としている)


前年同月比で見ると、21年1月、2月は減少だったが、3月から増加し、4月からは2ケタ増が続いている。そして11月には前年同月比45.3%にまで到達し、13ヵ月連続で増加している。(表1)


表1


ただし、「企業物価(輸入物価)」の上昇と、実際に国民の生活に直接的に影響を及ぼす「消費者物価」の上昇にはタイムラグがある。企業が売買をした物品が商品となり、店頭などで売られ、消費者の手に渡るというフローを辿るからだ。


では、消費者物価の動向はどうなのか。総務省発表の「消費者物価指数(生鮮食品を除く)」では、指数が100を超えるのは、21年3月を除くと、21年11月からだ。(「消費者物価指数」は、基準として2020年を100としている)


前年同月比の動きで見ると、21年9月から増加に転じ、22年3月まで7ヵ月連続で前年同月比で増加している。(表2)


つまり、企業物価の上昇から消費者物価の上昇までには、3ヵ月から6ヵ月のタイムラグがあることがわかる。となれば、企業物価、特に輸入物価の大幅上昇が続いている現在、消費者物価の上昇はまだまだ続くということになる。


1ヵ月足らずで約12%も円安が進んだ


当初、企業物価の上昇の主因は、原油・資源価格の上昇だった。しかし、ここ最近の急激な円安進行によって生じた輸入物価の上昇が徐々に影響し始めている。


21年1月にドル・円相場は1ドル=104円台だったが、11月には1ドル=115円を突破した。それでも、今の急激な円安進行に比べれば、緩やかな円安と言える。


22年3月に入ると為替相場は、1ドル=115円台から“棒上がり”に上昇し、4月19日の海外市場では1ドル=129円台まで円安が進んだ。


21年初から約24%、22年3月からは1ヵ月足らずで約12%も円安が進んだことになる。


この背景には、原油・資源高を受け、世界中でインフレ(物価上昇)圧力が高まり、米国がインフレ抑制のために金融引き締めに政策転換したことにある。


米国が利上げを実施し、日本は低金利政策を維持する。すると、日米の金利差が拡大し、運用に有利なドルを買って、円を売る動きが強まる。これが円安進行の原因となっている。


円安進行に対して、様々な要因を指摘する声があるが、円安進行は“見事なまでに”米国の長期金利(10年国債利回り)の上昇とリンクしている。


この円安進行に対して、黒田東彦日銀総裁は当初、「円安には日本経済にとって悪いことばかりではない」との見解を示していた。


ところが、22年3月以降の急激な円安進行に対しては“手のひらを返し”、4月18日の衆院決算行政監視委員会では、「急速な円安の場合は経済への影響はマイナスが大きくなる」と答弁している。


通常、中央銀行総裁や首相、財務相などの要人は、例えば「1ドルは105円程度が望ましい」というように、具体的な為替水準についてコメント(口先介入)するのは国際的なタブーとなっている。最大限言及したとしても、「急激な為替変動は望ましくない」といった程度で、基本的にはコメントしないものだ。




他国は自国通貨高なのに、日本は円安容認


実際、米国ではこの間の急激なドル高・円安に対して、要人発言はほとんど聞かれない。それには2つの理由がある。


一つは、ドル高が米国の輸入物価の下落につながり、インフレ抑制の一助になるためだ。100円の商品を1ドルで買っていたのが、ドル高により1ドルで120円の商品が買えるようになる。


もう一つは、為替水準に言及しなくとも、金融政策によって為替水準を動かすことができるためだ。


インフレ抑制のため、金融引き締め(利上げ)に舵を切った米国では、引き締め強化(利上げ幅の拡大)に対する観測が強まっている。つまり、再度の利上げや利上げ幅の拡大について要人が発言すれば、一段の日米金利差拡大との思惑から一段の円安進行へとつながり、為替水準に言及しなくとも、ドル高を演出することができる。




自国通貨高によるインフレ抑制を狙い、例えば欧州でも金融引き締めに関する要人発言が相次いでおり、さながら“自国通貨高競争”の様相を呈し始めている。


では、円安進行に対して、日本はどのように対処しているのかと言えば、まったく成す術がない状態だ。否、むしろ日銀は円安を容認する姿勢を示しているのだ。


米国の長期金利の上昇を受け、国内でも長期金利(10年国債利回り)が上昇し、日銀が金融政策のレンジとしている年0.25%に接近する局面が出ている。


これに対して日銀は、長期国債を無制限に買入れる「指値オペ」を実施している。つまり、日銀は長期金利の上昇を容認しないという姿勢を示しているのだ。


市場ではこれを「長期金利の上昇抑制=低金利政策の維持=日米の金利差拡大=円安進行の容認」と受け止めている。


円安はどこまで進むのか?


筆者は22年1月23日の『日銀は「利上げ」を完全否定するも、決して“鵜呑みにできない”3つの理由』で、黒田総裁は円安が進行しても、金融政策の変更には踏み込まないだろうと指摘した




13年3月に就任し、大規模金融緩和策による低金利政策により、2%の物価上昇の実現を打ち出した黒田総裁だが、これまでに一度も2%物価目標を達成できずに、23年4月の任期を迎えようとしている。


従って、残された任期の中で、たとえそれが原油高・資源高、円安進行による物価上昇であっても、低金利政策による2%物価目標を達成できる“唯一のチャンス”だから、黒田総裁にとって金融政策の変更という選択肢はない。


となれば、問題は円安はどこまで進むのかということ。もはや、1ドル=130円は何の抵抗線にもならない。いずれ1ドル=130円を突破する円安となるだろう。次のターゲットは「02年の135.69円、ここを抜けると98年の1ドル=147.66円」となってくる。


企業物価の上昇から消費者物価の上昇にタイムラグがあるように、円安進行による輸入物価の上昇にもタイムラグがある。


つまり、円安進行による輸入物価上昇を通じた物価上昇は、まだまだ序の口で、これから本番を迎えることになる。





「稼げないニッポン」到来の恐れ


そしてなによりも筆者が危惧するのは、経常収支の赤字の影響だ。


経常収支は貿易・サービス収支、第一次所得収支、第二次所得収支の合計で、「国の儲け」を表す。


経常収支の中で大きな比率を占めるのは、貿易収支と第一次所得収支だ。貿易収支は輸出入の収支、第一次所得収支は海外への投資や運用により生じる利子・配当金等の収支となる。


貿易収支は直近22年3月まで8ヵ月連続で赤字になっている。貿易立国、特に輸出立国であるはずの日本が、主に原油高・資源高と円安進行の影響から輸入額が輸出額を上回り、赤字が続いている。(表3)


表3

それでも日本は経常収支の黒字を続けてきた。貿易収支の赤字を主に第一次所得収支がカバーし、黒字を保ってきたのだ。


ところが21年12月に経常収支は3708億円の赤字に転落した。20年6月以来、1年半ぶりの赤字転落となった。これまでの経常収支の赤字転落は、単月のみのケースがほとんどだった。


しかし、22年1月の経常収支も1兆1964億円と大幅な赤字が続いた(2月は黒字転換)。貿易収支の赤字を第一次所得収支などでカバーすることができなくなったのだ。(表4)


表4


本稿は財政問題を取り上げているわけではないので詳細は割愛するが、日本が対GDP(国内総生産)比で世界最高の政府債務を抱えても、財政破綻やデフォルトの危機に陥らない理由の一つとして、経常黒字国であることがあげられる。


経常黒字ということは、日本は海外への投資や運用により対外債権を潤沢に持っており、“稼ぐ力がある”ということ。この稼ぐ力があることが、日本の財政、円に対する信認につながっている。


しかし、経常赤字となれば、“日本は稼ぐ力がない”となり、財政や円に対する評価が低下し、危機感が台頭する可能性がある。つまり、円売り=円安、それも金利差で起こる程度の円安ではなく、危機的な円安が起こる可能性があるのだ。これが、筆者が経常収支の赤字を危惧する理由だ。


原油高・資源高と円安の進行に対しても、何らの打開策を持たない政府と日銀が、経常赤字が恒常化した時に有効な対応策を持っているとは到底思えない。日本経済の衰退はこれから本格的な危機状況を迎える可能性がある。