【竹中平蔵】低所得者に「もらえる税」を ベーシックインカム議論、もう避けられない

コロナ禍は「富を持つ人」「持たない人」の経済的な格差を浮き彫りにした。厳しい生活を強いられる人がいるなか、セーフティーネット(安全網)をいかに整備するかが大きなテーマに浮上した。政府がすべての国民に最低限の生活を営めるだけのお金を支給する「ベーシックインカム(BI)」の導入を検討する動きが、世界の各地に広がっている。BIは、国家運営の新しいモデルになるのか。経済政策運営に詳しい竹中平蔵・慶応大学名誉教授に聞いた。(聞き手・畑中徹)
私は、ベーシックインカム(BI)、もしくはそれに類似した政策を「究極のセーフティーネット」だと考えています。
世の中には、今回のコロナ危機のように、めったに起こらないけど起こったら大変なこと、つまり「テールリスク」が存在します。世界でBIをめぐる議論が盛りあがったのは、テールリスクであるはずのコロナ危機が実際に起きてしまい、生活の「安心安全」のためには新しい政策が必要ではないかと考える人たちが増えたからでしょう。
私がBIについて発言すると、いわゆる「右派」「左派」の両方から批判が出ます。右からは「働くインセンティブ(動機づけ)をなくすBIは、そもそも受け入れがたい」と言われ、左の立場からは「社会保障費削減の口実ではないか」と言われます。かつて経済政策運営に関わった経験から言いますと、左右両方から批判が出てくる政策は「いい政策」でもあります。だから、大いに議論するべきです。

昨年秋、私がテレビ番組で、「国民全員に毎月7万円支給」という持論を述べたかのように騒がれましたが、ある経済専門家の試算をもとにしたアイデアを紹介しただけです。「1人平均7万円」レベルの支給であれば、財政的にも大きな負担にならないのではないかと申しあげたつもりで、「1人毎月7万円で生活できる」と言ったつもりはありません。
BIを議論すると、政治思想と深いつながりが出てきます。つまり巨額の財源を必要とする「大きな政府」をつくるのか、働くインセンティブを重視する「小さな政府」をめざすのか、ということです。
私はそのどちらもありだと思います。各政党がそれぞれのアイデアを示して競ってもらい、国民は支持する政党に投票すればよいと思います。BIの政策の是非を選挙で問うのです。

これからの10年で、BIを導入するかどうかの議論は避けて通れないでしょう。しかし、いまの日本には、BIの具体的な制度設計がほとんど見当たりません。作業は非常に複雑で、多大な労力が必要になるからです。とはいえ、議論の前提には、できるだけ多くの試算があった方がいいでしょう。具体的な試算をもとに競っていくことが好ましいです。私自身はそういう試算を試みているわけではないので、若い世代の研究者たちにがんばってもらいたいと思います。その意味で私はBIの議論に「火を付けている」という立場です。
私が議論のために提唱するとすれば、「負の所得税」という考え方です。日本では、累進課税制度についての議論をするとき、一番所得の高いところをどうするかという点は意見が出るのですが、一番低いところをどうしたらよいかの議論がありません。
負の所得税とは、一番所得の低い人の所得税をゼロではなく「マイナス」にしたらどうか、という考え方です。つまり、「税金を払う」のではなく「税金をもらえる」仕組みです。これが、そのままBIになります。これは徹底した累進課税ともいえます。結果として、所得再配分に資することになります。
遅かれ早かれ世界の多くの国で、BI、もしくはそれに似た制度は、もっと真剣に議論されてくるでしょう。ただ、日本では、目の前に他の難題があるので、すぐには着手できないかもしれません。私自身、菅義偉首相とBIのことは、それほど議論したことはありません。BIは制度設計が難しいため簡単にできる政策ではありません。だからこそ、いまから議論を始めておくことが大事です。
同志社大学の山森亮教授によると、「すべての個人が、権利として、無条件で、普遍的に、一定の金額を定期的に受け取ることができる制度」と定義される。生活を維持できる以上の金額まで保証するものを「完全BI」、その水準は満たさないものを「部分BI」と呼ぶ整理もある。米国では公民権運動の指導者マーチン・ルーサー・キング牧師らがより包括的な概念として「guaranteed income(保証所得)」を訴えた。元里子など、特定のグループに対する無条件の給付もBIと呼ぶ事例もある。
BIの起源は18世紀末にさかのぼるとされ、1970年代の英国での労働者階級の女性の解放運動などを通して確立されていった。所得制限など様々な条件をつける従来の福祉制度では給付漏れや人権侵害にあたるような受給者調査が避けられず、「公正な制度にするには、すべての個人が自動的に給付を受けられる仕組みが必要という考え方が出てきた」(山森教授)という。
近年はグテーレス国連事務総長、フランシスコ教皇、米フェイスブックのザッカーバーグCEOなどが次々とBIの必要性を提唱。コロナ禍以降、日本の特別定額給付金(1人10万円)など各国で現金給付の実施が相次ぎ、BIの機運が高まっている。
たけなか・へいぞう 1951年和歌山県生まれ。慶応大学教授などを経て、小泉純一郎政権では、経済財政相、金融相、郵政民営化担当相、総務相などを歴任した。