儲かっているのに「日本人の給料」が上がらないワケ…じつは経営者の「サラリーマン化」が原因だった
週刊現代
世界中で愛飲されている『獺祭』。この日本酒の蔵元である旭酒造がこの春に入社する新入社員の初任給を10万円近くも上げたニュースが経済界で持ちきりになった。このタイミングで、なぜこんな大胆な給与改革を決断したのか、その理由は前編記事『ここにきて『獺祭』の旭酒造が、新入社員の給料を突然「10万円上げた」意外なワケ』でお伝えした通りだ。
じつはこの決断は「給料の安い国・ニッポン」から脱却する有力なモデルケースになると専門家は言う。インフレが進む日本で、中小企業がブラック化に陥らずに、生き残る戦略を引き続き明かそう。
インフレはチャンスだ
今回の旭酒造の賃上げについて、経済評論家の加谷珪一氏は「日本がこれから目指すべき、最も有力なモデルケースだ」と評価する。
「経営者がきっちりと利益をあげられるビジネスモデルをつくり、収益を増やす。その結果として給料アップに踏み込んだ。生産性を上げて付加価値を高めることに成功しているのです。
このようなモデルはドイツの中小企業の戦略にも似ています。日本の中小企業のほとんどは大企業の下請けで、製品を買いたたかれている。
しかし、ドイツの中小企業は利益の出ない分野は捨てて、高付加価値な製品へとシフト、独自の販路を開発し、世界で高く売るというビジネスモデルがある。旭酒造はまさにこのモデルです。日本にもこのような中小企業が増えてくれば、給料も自然と上がってくると思います」
原油や小麦などの商品の高騰に加え、円安が進んでいることもあって、インフレの波が押し寄せている。考えようによっては、このような状況もデフレマインドから脱却するために好条件かもしれないと、経営戦略コンサルタントの鈴木貴博氏は言う。
「インフレによる値上げラッシュで、企業は値上げをしやすい状況にあります。原材料費だけでなく人件費のコストも価格に転嫁することができれば、企業も賃金を上げやすくなります。
逆にこのような状況でも値上げできない企業は最悪です。収益的にジリ貧になり、賃上げどころかこれまでの賃金水準も維持できずに人が次々と辞めていく、典型的なブラック企業になってしまいます」
賃上げができる企業になれるかどうかの分水嶺はどこにあるのか。まずは言うまでもなく、経営ビジョンの質に負うところが大きい。
「いまの日本経済は完全に縮み思考に陥っているのではないかと思います。当面の決算や今期、来期の黒字枠の確保ばかりに終始していて、長期的な視野で動いていない。
企業の経営者が悪い意味でサラリーマン化しているのかもしれません。長期的に見れば質が落ちてくるとわかっていても、とりあえず今を乗り切ればいい、帳面上の帳尻があっていればいいという考え方では、本当に良いモノなどつくれるとは思えません。
ほとんどの経営者は総務部や経理部、外部のコンサルなどの言うことを聞きすぎなのではないでしょうか」(旭酒造の桜井会長)
儲かっていても、給与を上げようとしない企業の姿勢について、マクロ経済学者の脇田成氏はこう分析する。
「日本企業は増えた利益を株主への配当や、社員の賃上げに使うべきなのですが、内部留保ばかり増やしています。内部留保を貯めるようになったきっかけは、'90年代に多くの銀行が倒産したことです。それ以来、企業は自らカネを貯めておかなければならないという風潮になった。
しかし実際には日本の大企業のほとんどはつぶれたりしない。本来であれば賃上げに回すべき原資を内部留保したり、収益率の低い海外投資やM&Aに使ったりしている。これでは日本人は豊かになれません」
内部留保ばかりに陥らない、大胆なビジネスモデルを構築するにはトップの決断力が必須だ。前出の加谷氏が語る。
「日本の企業の多くは、従業員の出世の延長、年功序列で社長になる人が多い。しかも前任者が後継者を指名するというパターンがほとんど。選ぶほうからすれば、自分の業績を否定して大胆な改革をするような人間を後釜に据えたいとは思いません。
一方の旭酒造はオーナー企業で、桜井会長はいわゆるサラリーマン社長とは精神構造や心構えが違います。ソフトバンクやユニクロ、キーエンスなどうまくいっている企業の大半はオーナー企業です」
もっとも、必ずしもオーナー企業である必要はない。非オーナー企業でも、株主が経営に対してしっかり発言できるガバナンスがあれば、旭酒造のような経営戦略が取れるはずだ。
「海外では株主が優秀な経営者を外部から連れてきて、ダメであれば辞めてもらうということが普通です。一方、日本では株主が経営に対して反対意見を言うのはけしからんという雰囲気がある」(加谷氏)
会社は人でできている
もう一点、値上げや賃上げをできる企業になるために必要なことは、国内の需要に頼らず、海外に販路を持つことだ。前出の鈴木氏が語る。
「国内の安さ競争から逃れるには、海外で付加価値を評価してもらうことがいちばんです。海外で人気が出たブランドは国内においても価格を高くしやすい。例えば、トヨタもグローバルな市場で販売することで国内の新車価格も上げることに成功しています」
要は、どこにも負けない高品質な商品を作って世界市場に打って出られるかどうか、だ。
「リスクをとらないことは組織防衛には必要な要素なのかもしれませんが、石橋を叩いて渡るばかりでは魅力のある組織にはなりえませんし、これからの時代を生き残ることはできないと思います。カネをかけるところにはカネをかけないといけません。
言うまでもなく、会社組織は人でできている。社員が財産なのです。その社員が会社に誇りを持ち、自分の向き合っている仕事をより高みに持っていくための努力を継続するためには、給与を上げることが大切なのです」(桜井会長)
この局面で給料を上げられるかどうかで、その企業、ひいては日本経済全体の未来が決まってくる。明るい未来を描いて成長できるか、はたまたデフレスパイラルに舞い戻るかは、経営者の度量次第だろう。