このブログは、
ほりりんという間もなく56歳になるオッサンが、
現在の苦境を脱し、夢をかなえるまでの軌跡を記録するものである。

とはいえ、ほりりんの再生に寄与した行動や気づきだけを記録しようとするものではない。どの行動が再生に寄与したかを今時点で判断できないから、今日やったことや考えたこと感じたことを思い出しながら徒然に書き留めておこうと思う。



やっと仕事が見つかった。
2年半ぶりに勤め人に戻る。
勤め先が決まったことは喜ばしいことではあるが、敗北感を禁じ得ない。
脱サラしてから2年半、束の間の自由だった。
これから束縛の日々が始まる。

56歳にしてゼロ。いやマイナス。
ただただ馬齢を重ねてしまったことに後悔を禁じ得ないが、いつまでも過去を見ていても仕方ないだろう。
いつまで生きるかわからないが、死ぬまで精一杯生きるしかあるまい。
そんな思いで仕事を求め、何とか得た。

だが、希望はない。
生い先の短さや体力の低下、食べるための仕事に費やす時間を思うと、自分が思い描いていた理想の世界には到底たどり着ける気がしなくて絶望する。

夢を見ていたら目の前の現実が辛くなるから、もう夢を見るのを止めよう。
たまに外食したり、たまに子供たちに会ったり、たまに銭湯に行ったりできることに感謝をし、それを糧に生きていこう。

しばらくの間、こんな諦念の中にどっぷりと浸かりながら就職活動やら撮影のお仕事をしていたのでブログを書く気にもならず、今になってしまった。

あと数日で勤めが始まる。
このタイミングで諦念から脱することができたことは僥倖であろう。
今、希望に満ち満ちているとは言えないが、心は静かに凪いでいる。
食べていくための収入を確保したということは、むしろ、もっと純粋にやりたいことを楽しめるということだ。

そんな風に考えることができるようになって、やりたい、やってみようかなと思うことが少し出てきたのでここに書いておこう。
書いておかないと忘れるのだ。
日常に流されて意欲は薄れ消えていくから。

・撮りたい写真だけ撮る。自分のために撮る。出張カメラマンはやめる。

・本名で写真家活動をする。
・撮った写真を自分のWebショップで売ってみる。
・写真集を作ってWebショップで売ってみる。
・写真集を電子書籍として作ってAmazonで売ってみる。
・写真をNFT化して売ってみる。
・YouTube配信
・母、妹、甥と仲良くなる。悪いわけではないが・・・
・友達を増やす。
・友達と遊ぶ(キャンプ、温泉、酒、etc)
・畑
・料理

どこかにたどり着くことが幸せなのではないだろう。
それは道程にこそ見いだされるべきものではないだろうか。
どこかにたどり着かなければ幸せを感じられないとしたら、あるいは、どこかにたどり着くことを約束されていなければ幸せを感じることができないとしたら、人生はとても辛いものになるだろう。

答えを探すことはやめよう。
むなしい。

随分そのことに時間を費やしてしまった。
答えなんてどこにも無い。
答えのように見えてもそれは自分にとっての答えではない。
強いて言うなら自分が歩んできた人生が答えなのだろう。
生きて紡ぎだすものだろう。

正解かどうかわからなくても
どういう未来に繋がっているか分からず不安になっても
それでも毎瞬自分が選択しているこの道を信じて歩を止めずに進み続けるのみだ。