ハートチャクラが開かれる | 行雲ふしぎ日記

行雲ふしぎ日記

Not all those who wander are lost.

(※奥さんのしていた格好。上衣は淡い草色。他はよく覚えていないが淡い色。顔は友利新のような江口ともみのような年齢不詳の美人さん。天人だったのだろうか)


 

黒ずんだ木の柱に漆喰、板張りの廊下で出来た、禅寺か剣道道場、ないし生花会館のような、純和風の広い木造建築の建物。姿は見えないが、常に大勢の人がせわしなく出入りしている気配がある。その奥の、二間続きの床間のある和室に、自分は居た。控室のようだったが、畳の上には鞄や衣類が散らかっていて雑然と汚い。そこへ、この屋敷に住まう主人(あるじ)と奥さん、小学3年生くらいの息子が入ってきた。聞けば今から百貨店へ行くのだと言う。百貨店と聞いて思い浮かんだのは、70年代頃の灰色のコンクリートの立ち並ぶ街中。ただしそこへ行くには、事前に「幽斎」を執り行わなけらばならないらしい。そうすれば、目に見えない50cm厚ほどのバリアを身に纏うことができる。街中へ出るときは、そうしておくことが重要なようだった。

 

奥さんはお出掛けとあって、高い髷を結い、宋朝の頃のような異国の衣服を身に纏っていた。幅の狭い柔らかい絹の帯を胸の前で結び、透けるオーガンジーで出来た草色の長い上衣を羽織っている。淡い色でまとめられた上品で美しい装いだった。…こっちの衣服は着物と違ってひとつひとつデザインが違うから、いろんな印象を自分で選べて良いなあ、と漠然と思った。一家は部屋の外へ出ると、幅の広い廊下の漆喰の壁に向かって並んで正座し、手慣れた様子ですぐに「幽斎」とやらを始めた。3人とも半紙を折って細かく切り抜いた楕円形の切絵のようなものを手に持って掲げ、ご主人が意味の分からない文言を朗々と唱え始める。…自分はこの屋敷に居候していて、すべてこの一家と行動を共にすることになっていたのだが、置いてけぼりを喰らったような形になった。どうしたら良いか聞こうかとも思ったが、始まった儀式の邪魔をするのは気が引ける。ご主人は背後の私に気付いたようだったが、そのまま「幽斎」を続行した。

 

私はちょっとムッとして、自分でやるからいいもんね、と部屋に戻り、しかるべき切絵のデザインを検索して半紙を切り抜き、あと「水」を使うからスプレーボトルが要る、と自分の鞄をまさぐって化粧ポーチの中からビタミン入りの目薬を取り出した。…こんな点眼ボトル、中身を捨てても用が足せるのだろうか。もとい「水」はどういうもので、どうやって使うのかも分からない。…と考えていると、部屋に入ってきた背の高い男性に背後から声を掛けられた。振り返ると竹田恒泰だった。うわっ、トンデモ選民思想のガチ差別主義者の鼻摘まみ者がどのツラ下げてこんな所へ、と不快感を露わにしていると、向こうは人違いだったようで、バツの悪そうな顔で部屋を出ていった。

 

いずれにしてもやり方が分からん、儀式が終わるのを待ってやっぱり聞こう、と廊下に出たが、誰もいない。「幽斎」は終わって移動したらしい。慌てて玄関の方へ行こうと廊下を足速に歩いて行くと、後ろから声を掛けられた。奥さんだった。奥さんはよく見ると友利新(皮膚科医)や江口ともみ(フリーアナウンサー)に似た美しい顔立ちをしていて、年齢不詳といった体だった。「幽斎」がまだなんです、と言ったら、ああ、と言った感じで壁の柱に掛かっていた大きな笹から、掛けてあった楕円の細かい切絵を1枚取り、縁周りを内側に折ると、ニッコリして、はい、と私の額に付けてくれた(切絵はふうっと消えて邪魔にならなくなった)。そして後ろを振り返り、廊下の突き当たり、大きな木の根のオブジェの背後で着替えをしていたご主人を目で捕まえて、こっちこっち、と合図した。ご主人は顔を上げ、履きかけのズボンを諦めると、裸に白いブリーフ1枚の姿で私に手招きをしながらのたのたとこちらへやって来た。禿げかけ且つ長めのよじれた胡麻塩頭、細い垂れ目、痩せて貧相な小胸筋、だるだるに弛んだお腹に腕の内側の肉。歳は40-50歳のはずだが、すっかり老人体型をしている。たぶん見てくれに気を遣ったことは人生で一度もないのだろう。ご主人はそのまま、私の背後に両腕を回してハグし、フランス人の挨拶(“ラ・ビズ”)みたいに右頬と右頬を合わせる振りをした。そのまま、中国語でも日本語でもない、意味の分からない平仮名っぽい呪文をふつうの大きさの声で唱えだした。ご主人の痩せた小胸筋の肌がこちらの胸元にくっついて気持ち悪い。…なんでこんなパンツ一丁のおっさんと抱き合わないといけないんだ、せめて服くらい着てからにすればいいのに、とブツクサ思っていたら、耳元で、挨拶!、と言われた。とっさに、へ?、と返してしまう。よく分からないまま、…こんにちは、と関西弁イントネーションで言ってみた。すると、ご主人の胸腺、ハートチャクラのあたりから、凄まじい強烈な氣が吹き出してきて、こちらのハートチャクラを背中側まで射抜いた。目を閉じているが、白い。エネルギーは重厚なバーナーのように勢いを増し、胸腺を中心にして同心円状に範囲を広げ、胸全体、胴体全体、やがては手足へと広がっていった。圧倒されていると、ご主人は右頰を離して左頬を当てる素ぶりに変えた。こちらももう一度慌てて、こんにちは、と言う。すると白いエネルギーはさらに強烈さを増し、もはや辺りは一面真っ白で何も見えなくなり、遂にはご主人と自分との境も感覚的によく分からなくなった

 

そのうち辺りの白さが明るさに変わり、強烈なエネルギーがじんじんする中で自分の胴体の輪郭を感じるようになってきた。…肉体だ。身体だ。白くはない、まぶたの向こうが明るい。目を開けると、あたりは朝だった。身体に残るエネルギーは主に胴体上半身、胸腺を中心としている。右こめかみチャクラがガンガンしていたが、それらも急速に薄らいでいった。…これから一家と百貨店へ行くところだったのに。起きてトイレを済ませ、帰ってきた。先だっての初詣の長距離ウォーキングによる左臀部と股関節の筋肉痛はそのままだった(ふつう氣が入ると大抵治ってしまう)。リクライニングチェアーでスマホをいじっていると、脳に不快な残渣が微かに残っているのを感じた。むちゃくちゃ力を出して気張った後に残る、うっすらした頭痛のような何か。白い強烈なエネルギーに圧迫されて、毛細血管が切れたのだろうか。しばらくは踏ん張ると脳に良くなさそうな感じがした。

 

その後、知らないうちにリクライニングチェアーの上で毛布を掛けたまま再度眠ってしまっていた再び目を覚ました時には、今度ははっきりと例の「白い氣」が身体中にじんじん充満しているのを感じた。ただし全身満遍なく、ではない。ハートチャクラを中心として(ハートチャクラに氣溜まりが出来ている)正中に沿って上下に伸び、脚は内股、腕は内側を通って手足の先までじんじんしているそして手足の指は、親指・人差し指・中指の3本だけが氣で溢れかえっていた。頭の中の脳にも氣が行き届いており、寝落ちする前の頭痛の残渣のようなものは解消されていた。あと、調子の落ちかけていた腸がぐるぐるとよく動き、調子を取り戻していた下腹もまた全体が氣溜まりになっていた)。立って歩くと、左股関節周りの筋肉痛は少し弱まった程度で取れていなかったが、左臀部の筋肉痛は治っていた

 

寝落ちしている間、何か内容のあるしっかりした夢を見ていた。なのに、次の夢はギュッと蓋をしたかのようにまったく思い出せない。確かに何かを見ていたのに。

 

なお、会話はすべてスムーズな日本語だったが、一家はなにか違う文化圏の人々のようだった。他人に気を遣わない、というか。一家は私を預かっていて面倒を見ることになっている割に、実に私のことは放ったらかしだったし、大事にするでも邪険にするでもなく、こちらが言えばサクサクと処理する体だった。思いやりや慈しみもない代わりに、意地悪な気持ちや憎しみもない。実に素っ気ない

 

そして奥さんのしていた服装を改めて調べてみたら、宋の時代の服というよりも、中国語で仙女服、唐装、とあるのがしっくりきた(なんとコスプレ用に通販で売っていた)。

 

また夢の中で何度も「幽斎」という言葉が出てきたが、出口王仁三郎図書館にこのような言があった(他に纏まった説明がなかったので引いてみたが大丈夫だろうか?)。

 

「神を斎(いつ)き祀らんとする者は、顕斎と幽斎との区別を弁(わきま)ふべし。顕斎は神を祀るものなれば、宮殿(みや)あり、祝詞あり、供へ物あり、奠幣(みてくら)ありて、神の恩徳を感謝する道なり。また幽斎は己れの霊を以て、まことの神の霊に対して祈るものなれば、社も宮もなく、また奠幣も供へ物もなし。顕斎のみに偏るも、幽斎のみに偏るも、共に全き道にはあらざるなり」

 

本来は、神具も供物もなく身ひとつで心から祈る行為を指すらしい。たしかに切絵(幣束でも吉祥宝来でもない)だけで漆喰の壁に向かって突如祭祀を始めたのだからそれに近いのかもしれないが、本来の幽斎とは異なるのだろうと思い、鉤括弧付きの「幽斎」とした。

 

ほかに付け足すとすれば、夕食におせちの残りを食べながらお酒を飲んでいたら、弱くじんじんし出した身体の部位が例の氣の通り道だった。酒は神棚から降ろした大吟醸だ。お供えのお下がりを入れると、少し白い氣が復活するらしい。

 

また一晩寝て目覚めたら、ハートチャクラがボワンとなっていた(寝ると平常時でも氣が充填される)。…これはやはりハートチャクラがしっかり開いたんじゃないのか? 前から機に応じて活性化することはあったが、寝起きにどっかり感じるようなことはなかった(ちなみにまったく霊的で何でもない夢を見ていた。欧州の安宿で東欧人と中国人と一緒に居てiPadを見ながらだらだらオレンジジュースを飲んでいる夢)。愛とか慈しみとかいうのではなく、精神的に動じない安定感を感じる。よもや夢でパンツ一丁のおっさんに現実のハートチャクラを開かれようとは

 

寝ているときに遭う現象は、半覚醒状態の現実だったり、夢とは異なる実在の別世界だったり、現実と混同するほどのリアルな夢だったりの出来事であるが、今回のそれはふつうにただの「夢」の中の出来事だった(ヘイトが過ぎてYouTubeを停められてるような竹田恒泰とか出て来るし、まったく)。なのに、夢で受けた強烈な氣が現実の肉体に影響を及ぼしたこんなことは初めてである。あとでリクライニングチェアーで寝落ちしたのは、恐らく「やり直し」のためだったのだろう。そして、何らかの理由で知られてはいけない内容だったため、記憶に上らないよう夢に蓋をされたのだろう。




(※リクライニングチェアーで目が覚めたときの体内のアツアツの氣の広がり。末端まで氣が通っていたのは手指3本、足指も3本)




(※居た日本家屋の屋内地図。思うに、もし私の脳内に中国古代のインテリアデザインのデータが豊富だったら、そっちで見えてたんじゃないか。というか、どうせなら異国のステキデザインで見たかった。「おっちゃん」というのは最終形態パンいちとなったご主人。私より背が低かった。この夢は実は二度寝の時の夢。リクライニングチェアーは三度寝。異様に寝落ちしすぎ)