「イエスにさわっていただくために、人々が幼な子らをみもとに連れてきた。ところが、弟子たちは彼らをたしなめた。 それを見てイエスは憤り、彼らに言われた、「幼な子らをわたしの所に来るままにしておきなさい。止めてはならない。神の国はこのような者の国である。 よく聞いておくがよい。だれでも幼な子のように神の国を受けいれる者でなければ、そこにはいることは決してできない」。 そして彼らを抱き、手をその上において祝福された。」‭‭マルコによる福音書‬ ‭10‬:‭13〜16


このみことばは、私の心を癒す。

神の国に入れるのは

大人に連れられてきた子供だけではない。

子供のように《大人》というレッテル泥を落として、

何もかも自分を捨て去っていける大人もだ。


社会で揉まれた経験は必要ない。

人間同士のプライドと見返り、体験の中で育つもの

これが【罪咎】である大人の社会常識の裏返しは

要らない。


この軋轢多き世間の中でついついひっかかり、引っ張られてさまざまな思いに浸る日々の中

素直になりきれるのは、神を求める強い思いだろうか。


天にいます父なる神よ

私を憐んでください。そして、その御顔を私に向けて光を与えてください。

勝利を得ようと人々を振り向かせ、脚光を浴びようとする勘違いした私の心を、神様に向けさせてください。

神様を見ると、子供のように

『私を見て‼️ 私はこんなに頑張ったよ‼️』

『私ってどんな人なの?ねぇ、神様』などなど

話せるように喜び溢れさせてください。


イエスキリストの御名によって祈ります。

アーメン