ヒトは、この世に生を受けたときから健康養生が欠かせなくなります。

乳幼児や年少期には親よりの助けが必要なのですが、残念ながら昨今ではその親

子関係も虐待によって生への支えすら放棄されつつあるようです。


こうなると健康養生の根本的な有り様すら見落とされることにもなりかねません。

肉体と生の基本的つながりが欠落する生活には、もはや養生は成り立ちません。

そのことは人間が霊的進化を放棄する事になるからです・・・。


最も重要な霊的進化の必要性を、正しくアドバイスできないようになった宗教に

こそ大きな問題を含んでいると思われます。


健康養生は、実のところ最終的に霊的進化の条件や環境を、肉体を中心として心

身の隅々を整えるところにその目的があります。

このポイントに気付いていないエクササイズや各種の健康法が巷にあふれている

のですが、本来ヒトが健康であろうとする生活は、心と精神を合体させた肉体と

その内部に隠された霊性の養生を習慣化するところにあります。


仏教や道教、禅宗などには、自分と万物を一体とする考えがあります。

「天地我と同根、万物我と一体」禅家 「碧巌録」

「万法尽く自心に在り」禅家 般若篇

「万物、我と一を為す」 道家の書「荘子」 斉物論篇 


健康養生の実践が、自らの心身と万物との密なる関係を感じ取らせるまでに進化

すれば、万物万霊との共振共鳴する感覚が得られるそうです。

そこには癒しを超えた生命の歓喜が満ち溢れている世界が広がるようです・・・。