巨大地震がハイチを襲いました。

各国の救援活動も政治的駆け引きの下で為されていることに不快を感じますが、

15年前に阪神淡路大地震を経験した日本国として、それなりにできることは官

民挙げて支援すべきでしょう・・・


巨大災害にあったときに、国家の成熟度や国民性のようなものが顕著に現れると

思うのですが、そこで阪神淡路大地震で被災された当時の神戸市民とハイチの違

いは何か、、、考えてみました。


もちろん国は複合的、構造的に作られ、組織化されていますから短絡的な見方は

避けねばなりませんが、被災者の行動の中に国家の成熟度を伺い知ることができ

るのではと考えます。

それは又地域社会の福祉力や教育力がどの程度培われてきたかの結果が反映さ

れているように思えるのです。


阪神淡路大地震の被災者の行動や立ち振る舞いは、今の日本の国家力や地域力の

ほかに、「人間力」を現しています。

混乱の中でひどい略奪行為は無く、炊き出しには積極的に応援する人たちが現れ、

勤勉で規律正しい行動を取る日本人の優れた資質、人間力を見せ付けてくれまし

た。


これはひとえに教育力や経済力、福祉力など公としての力が民に反映されている

結果ですが、これからもこの人間を育て、鍛え、公に求められる「人間力」の育

成がなにより求められるところです。


日本の資源は実にこの人間であり、人間力を研ぎ澄ます必要があります。

それは未来の中に教えがあるのではなくて、既に古人より研鑽され、著されてい

ます。これらを丁寧に学び、実践の方法を身に付けることがどの時代に於いても

不可欠のものだと思います。


資源のない日本にあって、人間力こそが日本の資源です。