50年以上「女性は都合のいい労働力」とされている、本当のワケ
「氷河期の勝ち組」だったのに……40代“エリート課長”に迫る危機
日本社会はいつになったら「女性の自立」を認めてくれるのでしょうか。
マイナビが全国の働く人1万4000人を対象に実施した調査で、男女の賃金格差が約200万円もあることが分かりました。
正規雇用では、男性の収入が平均560.7万円だったのに対し、女性は平均364万円と約200万円も低く、非正規では男性平均226.7万円、女性平均152.9万円と、その差は約70万円。

男女の賃金差を企業規模別でみると、従業員数100人以下が156.3万円だったのに対し、301人以上では220.7万円。賃金差は301人以上の企業で大きくなっていました。
国が実施した調査でも、正社員の男性の平均年収は550万円なのに対し、女性は384万円。非正規では、男性228万円に対し女性はわずか153万円と出ているので、今回の調査はそれを追従する結果です(国税庁「令和2年分 民間給与実態統計調査」)。
「万年ビリグループ」を爆走する日本

賃金の男女格差は欧米にもありますが、日本の格差は異常です。男性の1人当たり報酬に 対する女性の1人当たり報酬の比率を計算した場合、先進7カ国(G7)の平均は82.2%なのに、日本は59.0%です(財務総合政策研究所「男女間賃金格差の国際比較と日本における要因分析」より)。
先日、世界経済フォーラムが発表した男女の格差を分析した報告書、「ジェンダーギャップ指数2022」でも、日本はG7のうち最下位、アジア・太平洋地域でも最下位、世界146カ国中116位。「万年ビリグループ」を爆走中です。
「ジェンダーギャップ指数」は、経済・政治・教育・健康の4つの分野で男女の格差を指標化していて、スコア「0」が完全不平等、「1」が完全平等を示すのですが、「経済活動への参加と機会」はスコア0.564で、121位。2016年の水準まで後退しました。
報告書では、その理由として、女性の労働参加率の減少が著しかったこと、女性管理職の割合が減ったことがあげられています。あれだけ「女性活躍だ!」「女性を輝かせろ!」と言っていたのに、女性管理職が減っているとは。衝撃的としかいいようがありません。
新型コロナウイルスの感染拡大は、それまで社会のさまざまな秩序の中でたまっていたひずみを、剥き出しにしました。共働き世帯では学校の臨時休校に対応するために、妻が仕事を制限したり、辞める選択をしたり。非正規の女性たちが、突然、解雇されることもありました。
OECDの報告によると、日本ではシングルマザーの就業率は先進国でも高い84.5%なのに、3人に2人が貧困というパラドクスも存在します。

非正規雇用ばかりが増える「女性活躍」
ただでさえ働く人たちの賃金は20年以上、上がっていないのに、女性たちの賃金は男性よりも低い。女性の能力が男性より劣っているわけでもないのに、さらに低いのです。しかも、賃金の低い非正規雇用で働く人が圧倒的に多いという、二重の格差が存在します。おまけに育児から解放されたあとには、親の介護が待ち受けているという現実もある。
男だろうと女だろうと「働くのが当たり前」の時代なのに、「性別役割」が根深く残っているとしか思えません。
日本政府は「女性活躍」や「女性を輝かせる」ことを、「成長戦略」の柱にしてきました。
なのに、「社会のあらゆる分野で2020年までに、女性が指導的地位を占める割合を30%以上にする目標を確実に達成する」とした目標が達成されることはなく、20年7月には、達成を目指す時期を「2020年代の可能な限り早期に」という、全く意味のないフレーズに変更しています。
そう、「女性活躍」は、キャンペーンでしかなったのです。
「(アベノミクスが行われた)7年間で、新たに330万人を超える女性が就業しました!」と成果を豪語していますが、増えたのは非正規雇用ばかりで、正社員は増えていません。

加えて、女性が多い職種で賃金が低いという「性別職業分離」という現象も、世界では淘汰されつつあるのに日本では根強く残っています。保育や介護、看護、教育の現場の多くは女性です。逆に、高度専門職に就く女性は圧倒的に少ないのです。
OECD統計(2012)によると、大学教員の女性割合は、日本が25.2%で最下。トップのフィンランドは50.2%、他の国々も40%台が多く、最下位から2番目の韓国も34.5%です。かつて韓国も日本に近い低水準でしたが、政治分野でクオータ制を取り入れ、大学のグローバル化が急速に進んだことに伴い、躍進しました。
なぜ? 70年前と変わらない日本
なぜ、女性の賃金は低いのか? なぜ、多くの女性たちが非正規で雇用されているのか?
その理由はつまり、日本は70年前と変わっていないから。「変わりたくない」が本音なのです。
高度成長に突入した1950年代、日本では「臨時工」を増やしてきた歴史があります。
臨時工は今でいう非正規で、企業は正規雇用=本工より賃金の安い臨時工を増やすことで生産性を向上させていました。臨時工の低賃金と不安定さは労働法上の争点として繰り返し議論され、大きな社会問題に発展しました。
そこで政府は66年に「不安定な雇用状態の是正を図るため、雇用形態の改善等を促進するために必要な施策を充実すること」を基本方針に掲げ、「不安定な雇用者の減少」「賃金等の差別撤廃」を政策目標にしました。
ところが、70年代になると人手不足解消に臨時工を本工として登用する企業が相次ぎ、臨時工問題は自然消滅します。その一方で、主婦を「パート」として安い賃金で雇う企業が増えた。

本工と臨時工の格差問題では「家族持ちの世帯主の男性の賃金が安いのはおかしい」という声に政府も企業もなんらかの手だてを講じる必要に迫られましたが、パートは主婦だったため議論は盛り上がりませんでした。
「本来、女性は家庭を守る存在であり、家族を養わなくてもいい人たち」という共通認識のもと、「パート=主婦の家計補助的な働き方」という分類が“当たり前”となり、賃金問題は置き去りにされてしまったのです。
その“当たり前”は現場でパートが量的にも質的にも基幹的な存在になっても、変わらなかった。どんなに婦人団体が抗議しても「パートはしょせん主婦。男性正社員とは身分が違う」という意味不明の身分格差で反論された。社会は「変えたくなかった」のです。
76年に朝日新聞社に入社し、経済部の記者としてキャリアを歩んできた“働く女性”のパイオニア・竹信三恵子さんは、いかにパートが企業にとって便利な存在だったかを、著書『ルポ賃金差別』(ちくま新書)で紹介しています。
ある中小企業の社長さんはこのように言ったといいます。
「女の時代って、本当にいいですね。女性が外で活躍してくれるようになり、大学院を修了した人や大卒のすばらしく優秀な女性が、パートや派遣として正社員の半分の賃金でも働いてくれるんですから」
社長さんがうれしそうにそう語った80年代は、男女雇用機会均等法ができ「均等法で会社に男女差別はなくなった」というイメージが社会に膨らんでいた時代です。しかしながら、「パートの賃金は安くて当たり前」というあからさまな差別は無分別に続いていたのです。
「女性は都合のいい労働力」との考えから、いつ抜け出せるのか

日本がGDPで米国、中国に次ぐ世界3位の経済大国なのにもかかわらず、シングルマザー世帯の貧困率が先進国で突出していることも、「パートの賃金は安くて当たり前」という旧態依然とした価値観が根っこにあるのは明らかです。
以前、参加させていただいた労働問題を意見する場で、パートの賃金の低さを指摘され、「賃金の違いは差別ではない。能力の違いなんだよ」と答えた男性がいました。こういう思想を疑いもなくいまだに持ち続けている人たちが一定数存在する。
女性の自立は、男性の性役割解放にもつながる問題であり、生きづらさを解消する手だてになることが理解できないのです。
岸田政権は、「女性版骨太の方針」を掲げ、「女性の経済的自立」「女性が尊厳と誇りを持って生きられる社会の実現」「男性の家庭・地域社会における活躍」「女性の登用目標の達成(第5次男女共同参画基本計画の着実な実行)」を示しています。
これを実効性あるものにするためには、日本社会に深く根付く「女性は都合のいい労働力」という間違った価値観を一掃することが必要です。──いい加減、女性の自立を、認めてもらえませんか?