今年を振り返る
今年も色々ありました。
世間的には、コロナが、政治的には、衆議院議員選挙が、そして、積極財政派としては、相変わらず、年度の当初予算が、話題になっています。
私としては、今年は是非とも、大河ドラマの【蒼天を衝け!】の『渋沢栄一』を推しますね。
彼が創った会社は、百年の後にも、日本を代表する会社として世の中に知られ、日本人なら誰もが憧れ、入社を目指す、そんな大企業がズラリと並んでいます。
彼は、日本人にとって必要かどうかで、会社を創る判断をしました。
今は、儲かるかどうかで、会社を奪う判断をします(M&Aね)。
今とは、全然違います。
だが、そこがいいんですね。
さて、それでは見て行きましょう。
渋沢栄一と大災害
渋沢栄一と言えば、「日本経済の父」であり、その華やかな一面は、多くの人の知るところでしょうが、彼は、当時の経済人としては、福祉にも力を入れた珍しい人でした。
渋沢栄一と関東大震災
明治以降の日本にとって、最大規模の被害を齎した大震災であり、
日本が昭和大恐慌 に一際苦しむ事となったのは、その前に、空前の被害を齎した、【関東大震災】を忘れてはなりません。
そして、勿論、渋沢栄一は関東大震災に立ち上がりました
しかし、渋沢栄一が民間の力を結集しても、政府が復興に力を尽くしても、それでも、次の災禍が起こると脆くも崩れ去る程度のものでしかありませんでした。
まだまだこの時期の日本には、『社会福祉』と言う概念が一般的では無く、また、状況が民間に貯蓄を許すようなものではなかった事も、災いしました。
これは、今の日本にも通じますが、要するに、【社会福祉を軽く見ている】のが、日本の欠点と言えます。
百年経っても、渋沢栄一が幾ら力を尽くしても、治らなかった日本の不治の病、『社会福祉の軽視』。
それが、コロナ禍でまさに再現されました。
災害に耐える事も出来ず、自殺を選ぶ女性達。
仕事が無くなり、救済を求める人々の悲鳴と叫びは、Twitterの板を埋め尽くすかのようでした。
もはや、『日本の宿痾』と言えます。
渋沢栄一が力を尽くしても、聖徳太子がどれだけ頑張っても、治らなかった日本の宿痾、『社会福祉の軽視』。
これはもう、『新自由主義が悪い』なんて程度のレベルではなく、もはや歴史的な民族的な宿痾と言っていいでしょう。
果たして、日本がこの宿痾を克服して、富国へと踏み出す日は、やってくるのでしょうか。