コロナ禍の中、安倍政権が火事場泥棒的に進めた「種苗法改正」。今国会は見送りが決まったが、もし通れば日本の食と農業が壊滅する<山田正彦氏>

コロナ禍の日本で安倍政権が火事場泥棒的に進めようとしていたのは検察庁法改正だけではない。「スーパーシティ法案」(参照:朝日新聞)や「国民投票法改正」や「種苗法改正」など、我が国の人と暮らしを脅かす法案をどさくさに紛れて成立させようとしていた。幸いなことに、柴咲コウさんのTweetなども影響し、見送りが濃厚となったが、あくまでも今国会だけの話。まだ油断できない状況だ。
果たして「種苗法改正」の問題点とは何なのか? 『月刊日本 6月号』では、『売り渡される食の安全』(角川新書)などの著書がある元農林水産大臣の弁護士、山田正彦氏へのインタビューを行っている。
いま、コロナ禍のどさくさに紛れて安倍政権が何を破壊しようとしているのか。ぜひご一読いただきたい。

―― 種子法廃止と同様、日本農業の根幹を変える種苗法改正案が提出され、今国会で成立する見通しです。
山田正彦氏(以下、山田): 種子法廃止はいわば「外堀」を埋めただけで、「本丸」は種苗法改正だったのです。これにより、海外企業によるタネの支配、ひいては農業支配への道が開かれます。
ポイントは、タネを開発した「育成者の権利」(育成者権)の保護を強化するという点です。1991年にUPOV(植物の新品種の保護に関する国際条約)が改正されてから、知的財産の一つとして「育成者権」が認められるようになりました。作曲家は自分の作った楽曲の著作権を持っていますが、それと同じように育成者は自分の作り出した品種の育成者権を持っているということです。 一方、日本が2013年に加入したITPGR(食糧・農業植物遺伝子資源条約)では「農民の権利」として、育てた作物に実ったタネを自分で採って植えるという自家採種・自家増殖の原則自由を認めています。
そのため、現行の種苗法では農水省が「登録品種」という枠組みで育成者権を保護していますが、それも含めて農家の自家採種は自由でした。ところが、今回の改正によって登録品種の自家採取は原則禁止になります。これに違反した場合は、10年以下の懲役または1000万円以下の罰金(農業生産法人は3億円以下の罰金)が課されます。さらに共謀罪の対象になります。
ここには大きな問題があります。現在、世界の種子市場は「バイエル・モンサント」、「ダウ・デュポン」、「シンジェンタ・中国科工集団」というグローバル企業3社が70%以上のシェアを寡占しています。彼らにとって農家の自家採取はビジネスの邪魔です。農家が自分でタネを採って植えていたら、自分たちのタネが売れないからです。そこで、モンサントなどは世界各国で「育成者権の保護」を名目に、自家採取禁止法案を推し進めてきたのです。種苗法改正は世界中で批判された「モンサント法」そのものなのです。
自家採取禁止は30年前に中南米で相次いで成立しましたが、農民たちが暴動を起こしたため、その後どんどん廃止されました。しかし今、日本は周回遅れで同じ失敗を繰り返そうとしているのです。
◆農家が育てて得た種を植えただけで著作権侵害に!?―― 種苗法改正で、農業の在り方はどう変わるのですか。
山田:登録品種の場合は自家採取が禁止されるため、農家は毎年タネを購入するか、自家採種の許諾料を支払わなければ作物を育てることができなくなります。 これに違反した場合は法的な罰則をうけるだけでなく、育成者権を持つ企業からも莫大な損害賠償を請求されます。カナダでは、モンサントの育成者権を侵害したとして、無実の菜種農家が20万ドルもの損害賠償を支払うよう命じられたケースがあります。
一方、登録品種以外の伝統的な在来品種、また登録品種でも育成者権の期限が切れたものは従来どおり自家採種ができることになっています。しかし、油断はできません。現在、年間800種類もの作物が従来のものとは異なる新しい品種として登録されていますが、これらの品種は在来品種に少し改良を加えただけのものです。そのため、「在来品種だから大丈夫だ」と思って育てていても、「それはうちの登録品種だ」と訴えられるリスクがあります。すでに国内でも在来品種を育成していたキノコ農家が民間企業から「育成者権の侵害だ」と訴えられるケースが起きています。
いずれにせよ、今後は登録品種の育成が主流になっていくでしょう。登録品種には国の独立行政法人(農研機構)や都道府県が権利を持つ「公共品種」と、企業などが権利を持つ「民間品種」があります。しかし公共品種の権利は民間企業に売却されてしまう可能性がある。実際、「農業競争力強化支援法」(2017年施行)という法律には、「試験研究機関や都道府県が有する種苗の生産に関する知見を民間事業者に提供することを促進する」と定められています。「種苗の生産に関する知見」を提供するというのは、育成者権を譲渡するということです。また「民間事業者」には海外企業も含まれるというのが政府答弁です。 しかし民間品種を育成する場合、農家は企業に有利な契約を結ばされます。種子だけではなく農薬と肥料をセットで買わされ、不利な条件で働くことを強いられるのです。その結果、農家はいわば「企業の小作人」、もっと言えば「企業の農奴」になりかねない。
今後、企業が国や都道府県から公共品種の権利を買い取っていけば、日本の種子市場は企業の民間品種で占められていきます。その結果、農家は企業から毎年タネを購入するか、許諾料を払わなければ作物を育てられなくなってしまう。このままでは私たちの祖先が育み、私たちが税金で守ってきた日本の種子が企業に私物化され、それを買わなければ作物を育てることができなくなるかもしれない。「こんな馬鹿な話があるか!」という思いです。
もちろん、まだ実際にそうなると決まったわけではありませんが、法改正によって制度上はそういうことが可能になる。日本農業は壊滅の危機です。
◆負担増、離農増、食料自給率低下の三重苦―― 種苗法改正の影響はどこまで及ぶのですか。
山田:いま述べたように、今後農家は「企業の小作人」になりかねませんが、それ以外の農家は廃業を余儀なくされるでしょう。種苗法改正は農家に「隷属か、さもなくば廃業か」という踏み絵を突きつけているのです。
まず種苗法改正によって生産コストが上がります。これまで自分たちで採ったり増やしたりしていたタネや苗を購入するようになれば、追加コストがかかるからです。生産コストが上がれば、経営が立ちいかなくなる農家が続出します。たとえば、コメの専業農家である茨城県の横田農場は8品種のコメの種子6700キロを自家採種していますが、これらをすべて購入しなければならなくなると、350~490万円の負担増になります。同社は農水省の検討会で「これでは経営がたちいかなくなる」と訴えていました。
しかし、これはあくまでも公共品種のタネを購入した場合の試算であり、民間品種のタネを購入した場合はさらにコストがかかります。コメの場合、公共品種のコシヒカリに比べて、民間品種のみつひかり(三井化学)の価格はすでに8~10倍です。野菜のタネは公共品種からモンサントなどグローバル企業が海外で生産する民間品種に移行した結果、30年で価格が40~50倍に上がりました。
特に深刻なのは、これまで苗を購入して自家増殖していたイモ類やサトウキビ、イチゴやリンゴやミカンなどの果樹を生産する農家です。あるイチゴ農家は「苗の購入額はイチゴの売上と同じになる。これでは商売にならない」と訴えていました。その中でも屋久島、奄美、沖縄、石垣、宮古にわたる南西諸島の主要産業であるサトウキビは壊滅的打撃をうけるでしょう。
経営が立ち行かなくなる農家が続出して離農が進めば、食料自給率はさらに下がります。日本の食料自給率はすでに2018年に先進国最低かつ過去最低の37パーセントに落ち込んでいます。実際にはTPP11や日米FTAの影響で35%を切っていると思いますが、ここからさらに下がる。新型コロナウイルスの影響で一部の食料輸出国が輸出規制に乗り出したため、各国は食料の確保に動いていますが、日本の動きは完全に逆行しています。
食料安全保障だけでなく安全保障そのものも脅かされます。種苗法改正でサトウキビ農家が全滅すれば南西諸島から住民がいなくなり、太平洋の安全保障が脆弱になるからです。種苗法改正は農業だけの問題ではないのです。
◆コロナ打撃の農家に追い打ちをかける安倍政権―― 農家がコロナ危機の打撃をうけている中で、安倍政権は農業の根幹を破壊する法案を通そうとしている。
山田:コロナ危機のドサクサ紛れに短時間で強行採決に持ち込む。検察庁法改正案と同様、火事場泥棒の手口です。
しかし、対抗手段はあります。種子法廃止の際は全国62の地方議会が意見書を提出・採択し、その後は各自治体が種子法に代わる「種子条例」を次々と制定して、公的機関が公共のタネを守る体制を存続させることができました。 それと同じように、たとえ種苗法改正が阻止できなかったとしても、全国で「種苗条例」を制定すればいい。それによって公共品種の売却を制限したり、自治体が権利をもつタネについては従来通り自家採種の自由を認めることができます。広島県のジーンバンクのように、各県にある多様な在来品種を発掘調査・保存管理するのも大切です。
すでに10ほどの地方議会が種苗法改正に対する意見書を提出していますが、その背景にあるのは国民の声です。今回も国民が声を上げることで、状況は変えられると信じています。 (インタビュー、聞き手・構成 杉原悠人)
<文/月刊日本6月号より>