日本の新型コロナ経済対策、残念な根本的見当違い | 時事刻々

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日本の新型コロナ経済対策、残念な根本見当違い

加谷 珪一

 新型コロナウイルスの影響が広範囲に及び始めたことから、政府は各種経済対策の検討を開始した。だが、議論されている施策の多くは従来型企業支援に集中しており、消費経済を前提にしたものは少ない。日本はすでに製造業の国ではなくなっており、消費活動が経済の主体となっているが、政府にそうした認識は薄い。

 感染拡大による日本経済の低迷は必至であり相応の経済対策が必要だが、単なるバラ撒きではなく、業務のIT化や労働者のスキル向上など、生産性向上を視野に入れた戦略性が求められる。(加谷 珪一:経済評論家)

最初に大きな金額を打ち出すことが重要

 政府は2020年2月13日、コロナウイルスの感染拡大を受けて、153億円の緊急経済対策を決定した。153億円という金額については、東京都が400億円の予算を確保した現実と比較してあまりにも規模が小さいと、あちこちから疑問の声が上がった。

 もちろん政府の経済対策はこれだけではなく、順次、追加で予算を確保していく方針であり、安倍首相は「2700億円の予備費があるので、対応していきたい」と説明している。ただ、こうした小さな金額を段階的に積み上げていくやり方は、あまり効果を発揮しない可能性が高い。

 感染症が拡大すると、経済のあちこちに影響が及んでくる。すでに大量のキャンセルによって倒産に追い込まれた旅館や、乗客がいなくなり従業員の給料を支払うためバスを売却したバス会社のケースなどが報道されている。一部の小売店や外食産業では売上高の大幅な減少に見舞われている。

 もっとも警戒すべきなのは、こうした悪いニュースが疑心暗鬼を拡大させ、各企業が互いに取引先の経営を不安視して、一斉に支払い停止や資金の引き上げなどに走ってしまうことである。もし、こうした事態が発生すると、経営的に問題がない企業の資金繰りもつかなくなり、倒産の連鎖となってしまう。

 短期的にはこうしたパニックを防ぐことが重要であり、そのためには、政府に十分な資金提供の意思があることを市場に示しておく必要がある。不安心理の払拭が最優先なので、最初に大きい金額が示されることの効果は高い。その点において、今回の政府の対応に「小出し感」が出ていることは否めないだろう。

 経済対策の原資の大半は税金なので、当然のことながら、支出には正当な手続きが必要である。だが今は国会会期中であり、その気になれば、すぐにでも特別立法の措置が可能である。手続きの問題から予算が自由にならないという話は成り立たないはずだ。

諸外国の対策と日本の対策の違い

 有権者の声に動かされたのか、自民党は3月3日、政府に対して2020年度補正予算の検討を求める提言を行っている。ただ、実際に提言された内容を見ると、日本政策金融公庫による特別貸付の創設や中小企業の相談窓口の統一化、中国から生産拠点を国内に戻す企業への支援策、観光業界に対するポイント付与など、本格的な対策というほどのものではない。また、4月以降に実施予定となっている中小企業の残業規制の柔軟な実施など、微妙な内容も含まれている。

 これに対して諸外国の対策は初期段階から、かなり踏み込んだ中身になっている

 香港政府は2月26日、総額で減税や現金支給を含む約1兆7000億円の経済支援対策を打ち出した。永住権を持つ18歳以上のすべての住民に対して一律で14万円を支給するほか、一定の金額を上限として所得税や法人税について100%減免措置も実施する。

 シンガポール政府も2月18日に約5000億円の経済対策を発表している。同国の主要産業である、観光、航空、小売、外食、運送の業界に対して減税や緊急融資、空港着陸料の軽減、政府が保有する不動産の賃料減免などを実施するほか、雇用維持のために全国民に対して月給の8%分(上限あり)を3カ月間雇用主に補助する。

 香港のGDP(国内総生産)は42兆円、シンガポールのGDPは41兆円と日本の10分の1以下の規模しかない。都市国家であるという点を割り引いても、経済対策の規模の大きさが分かる。

 加えて注目すべきなのは、香港もシンガポールも企業向けの支援に加えて、生活者、消費者視点の支援が手厚いことである。

 特にシンガポールの施策はかなりきめ細かい。生活者支援の基本となるのは先ほどの雇用維持支援だが、それに加えて、21歳以上のすべての国民に対して現金2万3000円が支払われ、さらに低所得者に対しては2019年に支給した支援額の20%分が現金支給される。また、子どもや高齢者を抱える世帯には追加で8000円の現金支給と公共料金の払い戻し、50歳以上の国民に対しては電子マネーによるチャージ、公共住宅の住民には商品券の配布が行われる。

 感染が拡大すると企業活動が停滞し、一部の労働者が解雇されたり、無給での自宅待機を余儀なくされる。高齢者やシングルマザーなど経済的に苦しい世帯では、感染以前の問題として企業活動の停滞によって生活そのものが脅かされてしまう。一連の措置はこうした事態を防ぐことを目的としている。

輸出と消費のメカニズムは根本的に異なる

 香港は民主化運動があるとはいえ、現時点では中国の統治下にあり、民主的な意思決定は行われていない。シンガポールもリー・シェンロン首相による事実上の独裁国家であり、残虐な刑罰が存続するなど、民主国家の基準に照らした場合、十分に人権が保障されているとはいえない国である。だが、こうした国々においてこれだけの生活者支援パッケージが提供されていることは注目に値する。

 この話は逆に考えることもできる。香港やシンガポールは金融と消費で経済を成り立たせている国(正確には香港は「特別行政区」)であり、こうした国々では、消費者の活動が経済に大きな影響を与える。消費主導型経済においては、生活者の支援というのは経済政策そのものなのである

 ひるがえって日本はどうだろうか。

 日本は戦後、輸出産業の設備投資で経済を回してきた国であり、政府の仕事も企業活動を支援する、いわゆる産業政策的なものが中心であった。だが、日本のGDPに占める輸出の比率は低下しており、世界屈指の消費大国である米国に近づいている。つまり、今の日本は製造業で経済を回す国ではなく、消費で経済を回す消費主導型国家にすでに変貌しているのだ。

 経済学上、輸出というのは国内要因とは無関係に決まるので、海外に需要が存在し、そこに対して製品を供給できれば経済は回っていく。だが消費経済はそうではない。消費国家においては、自ら需要を作り出す必要があるので、消費者の生活を豊かにすること自体に意味がある

 残念なことに、日本の政財官界は、輸出産業を支援するという部分から頭の切り替えができておらず、こうした非常時における支援策の立案においても、昭和型の企業支援に偏ってしまう傾向がある。

従来と同じ経済対策では効果を発揮しない

 筆者はかつて中央官庁に対するコンサルティングの仕事をしていたが、各府省が提供する行政サービスを項目別に洗い出し、米国と比較するという調査を実施したことがある。結果は驚くべきもので、日本の官庁が提供している行政サービスの多くが企業向けとなっており、生活者向けサービスの比率は極めて低かった。圧倒的に生活者向けのサービスの比率が高い米国との違いが際立っていたという記憶がある。

 すでに日本が消費経済に移行しているという現実を考えた場合、コロナ関連の経済対策が、従来と同様の業界支援のままでは、十分な効果を発揮しない可能性が高い。加えて、各社においてリモートワークが推奨され始めたことで、遅ればせながら、日本におけるホワイトカラーの業務形態が大きく変わる兆しも見え始めている。

 今後、政府が実施すべき経済対策は、消費者、生活者に対する手厚い支援に加えて、日本企業の業務改革を後押し、ホワイトカラーの生産性を高めるようなIT支援、あるいは、労働者のスキル向上を実現できるような教育投資である。こうした分野に対して思い切った支出を実施すれば、当面の景気対策に加えて、長期的な成長の原動力となるだろう。