戦争と原発(9) | 時事刻々

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はい。皆さん、こんにちは。
今日は、引き続き、「戦争と原発」シリーズの第八部となります。
題して、映画編?w
それでは、どうぞ。


》『――戦争で、原発が狙わられたらどうするの?』


 それはあるテレビの討論番組の最中に流された。その番組では、視聴者へツイッターでの投稿を募集しており、そのコメントを番組内で流していたのだ。そして、その文章もそんな中の一つだった。

 どうしてテレビ局の人間が、その投稿を選んだのかは分からない。腹に一物を抱えていたのか、何も考えていなかったのか、或いは単純なミスだったのか。ただ、いずれにしろ、それは番組内では大きくは取り上げられなかった。特別、司会者から紹介される事もなかったし、議論のネタになる事もなかった。ところが、その裏、というか、ネット上では大きな議論を巻き起こしていたのだった。


 『本当だ。もし、原発を狙われたら、どうするのだろう?』

 『大丈夫なんじゃね? 狙われても、防ぎ切るだろうよ。狙われるのは、分かり切っているんだから』

 『いや、俺には防ぎ切れるとは思えないんだが……。レーダー網を掻い潜れる無人小型戦闘機が存在する時代だぞ?』


 そのような議論が数多く繰り返された。

 仮に原発依存度を高くし、原発なしでは社会運営が不可能な状態を作り出した場合、戦争が起こった時は、著しく不利な状況に陥るはずだ。

 原発を潰されれば、社会を動かすエネルギー源が喪失する上に、国土が重大な損害を受けるからだ。しかも、原発なしでは社会を動かせない為、稼働しない訳にはいかない。当然、国民のパニックも引き起こすだろう。下手すれば、瞬く間に敗戦となる。パニックに関しては、敵国の情報操作だけで充分に起こす事が可能だ。いや、自然発生してしまうかもしれない。

 原発依存度を低くすれば、これほど事態は悪くはならないが、それでも不利になる点は変わらないだろう。

 概ね、そのネット上の議論の結論は、そのような方向で固まっていった。


 (因みに、仮に戦争が起こらなくても、原発は不安定な電源だといえる。稼働させる事ができさえすれば、確かに安定して電力を供給し続けるが、稼働させる事ができない事態に陥るケースが多々あるからだ。

 韓国で整備などの影響で稼働させられなかった事があったし、フランスでも冷却水不足で大規模な停止になりかけた。日本でも実は原発事故以前の2003年、そんな事態に陥った事があった)


 この議論は世間でも有名になり、やがては政治の舞台にも登場をした。勢力の衰えを見せている野党が、原発を推進する与党への攻撃材料として、これを用いたのだ。それについての与党側の答弁は、何ともよく分からないものだった。


 『日本は世界平和を推進する国家でありまして、戦争という事態は想定していません。また、仮に万が一、他国と戦う状況に陥りましても、原子力発電所を防衛し切る体制に怠りはありません』


 この内容には明らかな矛盾があった。何故なら、与党は国防強化を訴え続けていたからだ。しかも、原発を防衛し切れるとしたその根拠はまったく提示されなかった。更に、常識的に考えて、何十基もある原発を全て防衛し切れるとは思えないのも当たり前だ。

 この答弁は更なる波紋を国内に広げ、反原発の声を高くした。そしてそれは、それまでの反原発運動とは違う点があった。かつては原発推進派だった右翼の一部が、原発の依存度を高める事に疑問の声を上げていたのだ。


 『仮に中国と戦争になった場合、このままいけば原発の潰し合いになる。そうなれば、国土の狭い日本は不利になるのではないだろうか?』


 そのような主張を、右翼の一部はしていた。『原発依存、その推進は危険』。そんな認識が生まれていたと言えるだろう。

 中国も北朝鮮もウランの資源国である為(特に北朝鮮は莫大なウラン資源抱えていると言われている)、ウラン枯渇の時代になれば、ウラン価格が高騰し、経済的にも中国や北朝鮮にとって有利になる、という背景もあり、『日本が原発を推進するのは、中国の策略だ』というような陰謀論まで囁かれた。日本は中国の罠に嵌っているのだというのだ。

 そしてこの主張は、更にある認識を、国民の間に定着させていった。


 『原子力発電所を抱えた国同士の戦争は、実質的には“準核戦争”になり得る』


 それと時期を同じくして、まったく別の陰謀論も囁かれるようになった。なんと、原子力発電所の設置は、アメリカの策略だというのだ。

 国土の狭い国に、原発が多数設置されてあった場合、自国だけで戦争は起こせなくなる。他の国に頼らざるを得ない。

 つまり、“原発”は、日本の“首輪”だというのだ。もちろん、アメリカが手綱で操る為の首輪である。

 実際、アメリカの影響力が強い韓国にも日本と同じく原発が多数設置されある。そして、アメリカ自身は原発を縮小させる動きを見せており、にも拘らず、日本へは原発の推進を促したという事実がある。

 もちろん、こんな陰謀論など普通なら、一笑に付されてお終いだ。しかし、今回はそれで済ます訳にはいかなかった。何故なら、陰謀論が全て嘘であったとしても、中国もアメリカも日本の原子力事情にまったく関与していなかったとしても、実質的に、同じ効果がある可能性は捨て切れないからだ。


 やがて、このような事も言われるようになっていった。

 戦争になれば、当然、日本はエネルギーの“兵糧攻め”を受けると予想される。戦時下で、原発を稼働させる事はできないが、再生可能エネルギーは、無論、稼働させる事が可能だ。つまり、純粋な自国のエネルギーである再生可能エネルギーを普及させれば、戦争に至ったおり有利になる。普及させればさせるほど、“兵糧攻め”に対して強くなるからだ。

 『国防強化を進めようとしている与党は、どうして、再生可能エネルギーをもっと積極的に推進しないのだ?』

 神道を信仰する右翼の一派は、『日本の神々とは本来、自然そのものだ。その神々によるエネルギーである自然エネルギーを味方に付けるのは当然だ』とまで言い始めた。


 もちろん、陰謀論も神道と再生可能エネルギーを結びつける主張も馬鹿げている。しかしそれでも、そういった主張が起こる背景が、原発とエネルギー政策にある事だけは事実だった。ところが、そういった全てを無視して、与党は原子力発電を推進する気でいるようだった。

 恐らく与党は、一年も経てば、国民はこの反原発の議論を忘れるとそう予想している。そしてそれは、どうやら今回も当たりそうに思えた。やがて、この反原発ブームは、忘れ去れるのだろう。そしてそうなれば、まるで何事もなかったかのように原発は再び推進されるのだ。

 この原発に関する国防上の不安が適切かどうかは、実際に戦争が起これば分かるはずだ。もちろん、そうなった時には、もう手遅れなのだろうが。 


 
これは、2つとも同じ作品です。
上のが、映画編で、下のが映画編を含めた、作品の解説になります。

原作は田原総一朗反原発小説の『原子力戦争』である。

内容は放射能漏れ事故と過疎化する村と巨大化した原発利権戦争に都会から来た一人の男が巻き込まれるというサスペンス。 

  

この2つも、同じ作品です。

》 1945年長岡空襲とその後の長岡花火への流れを描いたセミドキュメンタリー映画である。


自衛隊トップだった冨澤暉・元陸幕長も「日本にとっていちばん恐ろしいのは、原発をテロゲリラに襲われること。
 
テロゲリラ対策をしないと、福島原発事故以上の被害を招く恐れがある」と警告している。
 

》 福島第一原発事故において、原子力発電所の原子炉それ自体は極めて強固な構造物で覆われていても、外部電源供給システムや使用済み核燃料貯蔵プールなどは軍事攻撃に極めて脆弱であることが、誰の目にも明らかとなってしまった。

 軍事攻撃により、強固な原子炉を覆う建造物の外部に設置されている電源供給システムや制御システムが破壊されてしまうと、津波や地震によってそれらのシステムが破壊されたことと結果は変わらないことになる。したがって、福島第一原発事故により引き起こされた放射能汚染が再現されることになる。

 それよりもさらに深刻なのは、使用済み核燃料貯蔵プールが破壊された場合である。使用済み核燃料プールは、原子炉建屋内の原子炉格納容器の上部に位置している。そして、原子炉建屋は極めて頑丈な建造物であるが、屋根だけは軍事攻撃に対処できるよう頑丈に造ることはできない仕組みになっている。したがって、屋根部分からミサイルや爆弾が突入して使用済み燃料貯蔵プールを破壊してしまう可能性は十分想定できる。

 使用済み燃料貯蔵プールが破壊されると、高レベル放射性廃棄物である使用済み核燃料棒が貯蔵プールから飛び出して大気中に飛び散る可能性がある。それは福島第一原発事故の数倍の惨事をもたらすことになる。大気中に燃料棒が飛び出すと、周囲の人々は即死するという。また、汚染処理用ロボットの電子回路も作動しなくなってしまう。したがって、原発周辺地域は人も機械も近づけない死のエリアと化してしまう可能性がある。

 このように福島第一原発事故によって、原子炉を破壊せずとも、より“ソフトターゲット”を攻撃すれば、原子力発電所は“受動的放射能兵器”となってしまうことが、一部の原子力関係専門家の常識から国際的な一般常識となってしまったのである。

要するに、日本の原子力発電所は、ミサイル攻撃や爆撃といった軍事攻撃に対しては無防備な状態で放置されているのである。このような状況では、日本の原子力発電所はまさに「軍事攻撃を歓迎します」と言わんばかりの無防備な“受動的放射能兵器”と見なさざるを得ない。

 さらに悪いことに、手薄な防備態勢に加えて、現在も日本に軍事的脅威を加えている中国軍と北朝鮮軍は日本の原子力発電所を射程圏に収めた通常弾頭搭載長射程ミサイルを多数保有している。

人民解放軍の各種長射程ミサイルを用いれば、日本各地に点在する全ての原子力発電所を一斉攻撃して“日本自身が用意している”超大型放射性物質飛散装置を起動させることが可能である。このような対日原発徹底攻撃を実施した場合、日本の多くの地域に放射性物質が拡散し、日本には人が住める地域が少なくなってしまう可能性すらある。中国の対日攻撃の目的が、かつてローマがカルタゴを完全に滅亡させたように、日本民族を滅ぼし日本の土地を荒廃地と化すのが目的ならば、対日原発徹底攻撃はうってつけである。

 しかし、そのような目的ではない場合、人民解放軍が保有している対日原子力発電所攻撃能力は、放射能汚染という深刻な脅威をちらつかせての強硬外交の最後の切り札になりかねない。すなわち、日本の原発が破壊されて放射能汚染地域がつくりだされる以前に、日本政府を屈服させ、中国の核心的利益に関する主張を日本政府に受け入れさせることも可能になる。

 外交交渉の段階では、いくら軍事攻撃の可能性により日本が脅迫されていたとしても、アメリカが日本のために中国を軍事攻撃することは絶対にあり得ない。

原子力発電所の安全性に問題があろうがなかろうが、再稼働しようが閉鎖になろうが、原発そのものが廃止される運命になろうがなるまいが、現に日本には“受動的放射能兵器”となり得る原子力発電所・原子炉が多数存在するという事実は短時間では変わらない。われわれは、即刻、原子力発電所を長射程ミサイルなどの本格的軍事攻撃から防衛する方策の構築を開始しなければならない。

国内外で戦争の出来る国作りと、福島の行方。

》 なお現代型の核兵器のばあいは、核分裂物質の真ん中に小さな空洞を設け、ブースターと呼ばれる少量の核融合物質(トリチウムのガス)を封入することで、核分裂物質の100%近い爆発を実現し、核爆弾の小型化(弾頭化)と高性能化に役立ててきた。最近北朝鮮が実験したとされる「強化型原爆」(核分裂―核融合―核分裂の3段階型爆弾)がそれだ。これと比べると広島型原爆は図体だけは大きいが、「おもちゃ」のような核爆弾だったわけだ。

霞が関に務めるキャリア官僚が、2013年秋に「日本の原発はまた必ず爆発する」と警告する匿名小説『原発ホワイトアウト』を書いて、世に衝撃を与えた。同書によれば「原発は膨大なエネルギーを発生させるので、つくられた電気を送電線で送り出さなければ、エネルギーが蓄積される・・・・・仮に、送電線に支障が来たし、発電した電気を送り出せないことになれば、原発自体を緊急停止したとしても、外部電源か非常用電源かで冷却し続けない限り、崩壊熱で炉心がメルトダウンする」。したがって、原発から外部につながる送電線の鉄塔を攻撃し、倒壊させることができれば、原子炉をメルトダウンさせることは難しくないという。新潟県下の原発と外部をつなぐ送電線の鉄塔200基のうちの一つを、北朝鮮系テロリストが倒壊させ、7時間後には格納容器破壊・原発爆発に至るプロセスを述べて、この小説は結ばれている。同書によれば、原発をメルトダウンに至らせる1000本以上の送電塔が、日本では無防備のまま残されているという。 

ほとんど防御不可能な攻撃は、巡航ミサイルによる原発への攻撃である。これはレーダーに検知されない低空で飛んでくるもので、防ぎようがない。・・・自爆を覚悟すれば、ジェット戦闘機によっても巡航ミサイル的効果を得ることは可能である。仮想敵国の兵士が「自爆」を覚悟するほどの憎しみを日本に対して持つとすれば、こういう攻撃も可能性を否定できない。

・・・最後に、次のことをおぼえておいてください。原発にたいする武力攻撃には、軍事力などでは護れないこと。したがって日本の海岸に並ぶ原発は、仮想敵(国)が引き金を握った核兵器であること。ひとたび原発が武力攻撃を受けたら、日本の土地は永久に人が住めない土地になり、再び人が住めるように戻る可能性はない」と。

保守派論客の西尾幹二さんも、こう論じている。「・・・事故がなくても54基の原発は、バンカーバスター(地中貫通)爆弾を投下されると、原爆と同様な効果を発揮する。・・・外国から見ると、原発は日本全土に埋められた核地雷のようなもの・・・。北朝鮮が1998年に日本海に向けテポドンを発射して青森県上空を飛ばしたが、これは六ヶ所村に落とせることを実証してみせたものに外ならない」と。


さて、皆さん如何でしたでしょうか。

これでもまだ、「原発は必要だ!」と思いますか?

日本は原発が無くても、やっていけることが明確になりました。

他の国とは、そもそも状況が全く違います。 

皆さんの声が、「反・原発」の声を大きくします。

私達の明るい未来のため、そして、子供たちに明るい未来のため、今、声を上げましょう。