英国紳士と米国軍人の葛藤-NoName_0012.jpg

右にいた男生徒が鳩尾目掛けて、鋭い蹴りを放った
同時に、左にいた男生徒も、J少年の後頭部に向かって肘を打ち下ろした
素人とは思えぬ鮮やかな技である
それもそのはず、二人は空手部の人間だった
空手とは、本来、武道の一種である
実戦空手も、素人の人間を、しかも二人がかりで襲うためのものではない
彼らの空手は、喧嘩の道具でしかない、いわば、空手の名を借りた凶器だった
彼らは、蹴りと肘打ちを放った瞬間、J少年が血反吐を吐いてのたうち回る光景を想像していた
口元が、にいッと上がる
無防備の者を攻撃するのに何の呵責もない
何人の奴等をこれで、病院送りにしただろう
J少年も例外ではないはずだった
が――

「ぐぁァ――」

「うおッ――」

脚と肘がJ少年に当たる瞬間、二人の空手部員は後ろに弾け飛んだ
弾け飛ぶ――
その表現が適切であるかの如く、90キロはあろうかというその体躯が、ゆうに3メートルは跳ばされていた
鈍い音を立てて、地面に激突する
誰も、この一瞬の出来事を理解できなかった
何故、襲いかかった仲間が吹き飛んだのか
何故、J少年が平然と立っているのか
いや、それよりも――
どうやって、J少年が二人の技を避けたのか

「発勁ってヤツさ」

J少年が、疑問に答えるかのように言った
発勁――
勁とは、気を伝達する力である
そして、発勁とは、その勁力を使い、体内で練った気を足先から腰背部の伸筋を通し、肩から掌へと伝達させて放つ技である
熟練した者は、掌だけでなく、肩…腕…胸など、あらゆる部位で勁を放つ事が出来るという
中国拳法の秘技である発勁は、弓を射るのに似ている
太極拳要訣には、『畜勁は弓を開くが如し、発勁は弓を放つが如し』とある
畜勁とは、練った気が体内に十分に蓄えられた状態の事をいう
発勁も畜勁も、一朝一夕で体得出来る類のものではない
気を練るための正しい呼吸法と功夫を積まなければ実現出来ない技なのである
その発勁を、J少年が使った

「悪く思うなよ。手加減する暇がなかった」

勿論、それは嘘である
手加減しようと思えば出来たのだが、J少年は敢えてそれをしなかったのである
その言葉が今まで呆気にとられていた男生徒達を、現実に引き戻した