「やっぱ、愛か」 | ヨガ的コラム

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神秘への通路

ウチの奥さんとよく子育てについて話す。
彼女は子どもにリトミックを教える仕事をしていて、自分の子どもも参加させ、他人の子どもと一緒に教えることで、より深く、「教育とは何か」、と考えさせられている。
また、多数の子どもと関わるということは、その数だけの親御さんと関わるということである。
これが結構大変らしく、一人ひとりの親が我が子の向ける想いを、直接に感じ取ってしまうため、自分が考える理想の教育との”ギャップ”を、どのように埋め合わせれば良いか色々難しいようだ。

僕の考え方では、子どもの教育で最も大切なのは、一人ひとりの子どもの”性質”をよく見極めることだ、と思っている。
あえて、魂(たましい)、と言う言葉を持ち出すが、古神道では一霊四魂(いちれいしこん)と言い、人間の魂にはそれぞれ異なる四種類の性質があり、それは内臓や骨格、性格まで全てを司り、この四種類、「奇魂、荒魂、幸魂、和魂」の魂で人間は構成されている、と考えられている。
そこに純粋な、「霊」と言われる部分が加わって、人間は活動が出来るのである。
この「魂」の方は、一人ひとりバランスが異なり、このバランスの違いが云わば、”個性”であり、このバラバラな個性の違いが、多様な目的を生み、その多様な目的性が偏らないバランスを生み、全体として一つになって、人間の世界は進化して行くのだろう。

となれば、人間の個性はそれぞれ異なる”性質”である訳だから、まずはその個性を”全肯定”、してあげるべきなのだ。
他の子どもと比べて、言葉がしゃべるのが遅かったり、お遊戯が上手に出来なかったり、まわりと上手く協調できなかったとしても、”そういう性質”の個性なのであって、「型」に嵌めて見なければ、必ず素晴らしい宝が埋まっているはずである。
決してあせったり、叱って無理やりやらせたりしようとせず、子どもの”性質”を見極めながら、必要なことはその子のペースに合わせてゆっくりと覚えさせれば良い。
人間を”安易”に「型」に嵌めてしまおうとする教育こそ疑うべきであって、もっと奥行きのある”人間の本質”を理解した教育が必要である、と思う。


やっぱりね、「愛」ですよ。そこに「愛」が感じなければ何やったって無駄です。「愛」が無いところに真の成長はありません。親が成すべきことは、ただ愛するだけで十分です。子どもの笑顔が真から輝けば、子育ては100%上手く行っている、と僕は信じています。