ホージマーいい人伝説
今日は試合が無いので、恒例のハマ外人紹介を。
ウィット、ズーバーと並び称されるいい人外人、マーク・ホージマーを紹介しましょう。
キャンプに打ち込むホージマー
2001年シーズン、横浜は4人もの新外国人選手を獲得しました。デーブ・ドスター、ジョン・ズーバー、シェーン・バワーズ、マーク・ホージマーの4人です。外人萌えの私にとって、垂涎のシーズンでした。
当初、私の心を捉えたのはドスターとバワーズでした。彼らについては、また次の機会に述べるとしましょう。
開幕からローテを任されたバワーズと対照的に、ホージマーはオープン戦から不振で1軍登録は5月初頭でした。しかし、上では全く通用せず打たれる打たれる・・・3戦連続KOでした。ですが、チームは登板試合3連勝。ホージマーがKOされると打線が爆発するという、都市伝説を作りました。
4回目の登板は5回1失点と始めて好投するが勝ち星つかず。しかし、当然のようにチームは勝利し登板試合4連勝。神話が崩れたのは5試合目、6回8失点。1軍最後の登板となった6試合目は1アウトもとれず4失点KO。2軍落ちと婦人の出産が重なり一時帰国を申し出たホージマーでしたが、球団と話し合いそのまま退団することとなりました。
結果を全く残せなかったホージマーでしたが、いい人伝説は素晴らしい逸話があります。
・98年シーズン、実はロッテ入団が内定していたホージマーだったが、自ら肩の故障暦を告白し、契約破棄となった。その際、「金だけもらっておけという人もいたが、それは私のやり方ではない」とコメント。
・01年シーズン、宜野湾キャンプにて捨て犬を拾う。「捨て犬を見ると助けてやりたくなるんだ」とコメント。尊敬する投手サンディ・コーファックスにちなんでサンディと名づけ、通訳と一緒に新しい飼い主を探してあげた。
・2001年8月26日横須賀スタジアム湘南-巨人戦は、1年目の外国人選手、しかも1軍で0勝の投手としては異例のサヨナラ試合と宣伝された。いい人ホージマーにサヨナラを告げようと、満員である3000人が入場。決してこの日が「よこすかカレーゲーム」であったからではない(ホントか?)。ホージマーは1回を無失点に抑え、マウンドを去った。すると打線は恒例の大爆発し、湘南が快勝した。試合後、ホージマーにインタビューが行われたが、横須賀に珍しい大観衆の為、通訳が緊張しまともに通訳出来ずにいた。するとホージマーは通訳の肩を揉んで、リラックスさせてあげた。最後までベストガイであった。
ちなみに、ナイスガイ(いい男)<リスペクタブル・ガイ(尊敬できる男)<ベストガイ(それらを超越した男)である。
ベストガイに成績はなぜか伴わない。こういう選手がわずかな人間の心にしか残らないのは、非常に残念な事だと思う。

