一生懸命働くこと、感謝の心を忘れないこと、善き思い、正しい行いに努めること、素直な反省心でいつでも自分を律すること、日々の暮らしの中で心を磨き、人格を高めつづけること。


すなわち、そのような当たり前のことを一生懸命行っていくことに、まさに生きる意義があるし、それ以外に、人間としての「生き方」はないように思います。


混迷を深める社会の中で、人々はいま、手探りで闇夜を進むかのごとく生きています。



しかし、私はそれでも、夢と希望あふれる明るい未来を思い抱かずにはいられません。


充実した実り多い、幸福な人生を人々が過ごす ―― そのようなすばらしい社会の到来を心から願うとともに、かならずそれは実現できるものと考えています。



本書で述べてきたような「生き方」をとるならば、それが個人の人生であれ、あるいは家庭であれ、企業であれ、また国家でさえも、かならずよい方向へと導かれ、すばらしい結果を招くことができるからです。


まずは自分自身が、またそのようにして一人でも多くの人々が、それぞれ与えられた崇高な使命を理解し、人間として正しいことを正しいままに貫きつづける。



そのような「生き方」の向こうには、かならず光り輝く黎明のときを迎えることができる、



私はそう信じています。




( 稲盛和夫『 生き方 ― 人間として一番大切なこと ― 』サンマーク出版 2004年
242-243頁より
改行、適宜、引用者による )




明けましておめでとうございます。



あっ、

とうに、新年、

とっくに、明けていますね…



本年も、どうぞよろしくお願い致します。



開口三番、

こんな言葉は、いかがでしょう????


稲盛和夫さんの著者、
『 生き方
― 人間として一番大切なこと ― 』より


上記の言葉を、

皆様にご紹介します。



お正月には実家に帰り、母から、この稲盛さんの本を借りてきました。


最後の結論部「第5章」から読み始めているのですが、そちらで見つけた「言葉」です。



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※ 追記


今、全部読み終えました。半分は納得、半分はそうかな? という読後感…。
読書は、素直に考えたり、感じたりする、良いきっかけになるので、良いですね!
2004年、何分古い本ですし。

「楽しく働く」という言葉も、
また良いものだと思いました。


読書後、
いろいろな感想が浮かんできます。


日本の伝統的考え方、智慧も多く出てきましたし、

稲盛さんはグローバリストなの!?

そんなところもありました。


冒頭に掲げた言葉は、ひとつのきっかけとして、掲載、ご紹介致します。

つまり、教えられるだけでなく、

自分の中に培ってきた『哲学』もまた、
大切、ですね!


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長年に渡り、激しい確執、言い争い、取っ組み合いを繰り広げてきた、複雑な両親との関係でしたが、


血は争えない、というのか、

何だかんだ、価値観が一緒だったり、それぞれがそれぞれに「宿命」「因縁」を抱えながら、似た者同士「家族の絆」、お互い、愛情あり、エゴあり、思いやりやご縁など、

みんなで協力し合って、
ここまできたのだなあ…


そんなことを、
たくさん感じたお正月でした。



先祖代々に受け継いでいる
血というものも感じました。



「(父方)おじいちゃんは、誇り高々、靖国神社に8月15日にお参りしていたよねえ」


「(母方)おじいちゃんは職業を42回くらい変えたけれど、家族の生活を守るということは、いつでもきっちり守る、そういう条件を満たすことを考えた上、って言っていたよ。おじいちゃんは文学者になりたいという夢を、家族のために犠牲にしたりしたんだよ」



そんな会話をしました。


父方の祖母は、父が小学5年生の時、父の妹の出産後、産後の肥立ちが悪く、早くに亡くなりました。その後すぐに来た継母に、父は反抗して大きくなりました。その祖母も今はいません。


母方の祖母は、とても高齢ですが、元気にしていてくれています。


私はこの祖母から、ご先祖さまの大切さをいろいろ教わり、お寺や般若心経、祖母が描く墨絵が好きだったし、血の繋がり、親戚の繋がりって、いいなあと学んだ気がします。



今年のお正月は、横浜の元町にある神社にお参りにいきました。


毎年、鎌倉、江ノ島方面にお参りに行くことが多いのですが、今年は「横浜だ!」と思いました。


父母は横浜に住んでいて、私も横浜で長い間育って大人になったので、土地神様にちゃんとお参り出来たことが、何だか、とても ほっとして、とても嬉しく思いました。


元町をずっと抜けて、
「港の見える丘公園」に行きました。


公園の入り口は、
フランス領事館跡地がありました。


海が見渡せる丘には、
米軍ジェット機墜落事故で犠牲になった、
横浜緑区(=現在 青葉区)在住だった
母、子3人の追悼の像がありました。


今年のこのタイミングで、ここに来たことに、

とても感慨深さと

「日本の独立」を誓う

ような気持ちになりました。


ほとんど花の咲いていない冬の薔薇園も、
なかなか良いものだなあ、
と思いました。


寒さでじっとしているけれど、
これからの春、夏に向けての、
可能性の宝庫のような、
そのような、暖かい希望を

感じました。


そして、
大佛次郎記念館のレンガの優雅な建物。

この建物をとても眺めたかったのです。

お正月だったので、
入館は出来ませんでしたが、
何だか見ているだけで、
とても幸福を感じてしまう建物です。




私の家は、山を切り崩した、横浜の新興住宅地にあって、歴史の積み重ねや、代々の人のぬくもりがある訳ではない「新しい街」が、私の肌には、どことなく冷たく感じられて、合わないみたいで、

だからどちらかと言うと
「横浜」にまったく愛着はなく、


それに比べて「東京」は、

都会的なイメージも
それはそれなりにありますが、
意外や意外、
庶民的な街並みが結構あります!


だから「東京」が大好きで、
私にとって「東京」の街は、
ほっとして、
とても居心地が良かったです。



今は、両親は横浜の新興住宅地から引っ越して、最寄り駅は同じで、駅に近いマンションに住んでいます。
ライフスタイルをすっかり変えました。


その思い切って変化させた生活は、
みんなにとって、とても刺激的で、

みんな、少しずつ、
とてもハッピーになっていきました。


みんながそれぞれ、
心にゆとりを持って

「家族」の役割に縛られないで

「自分を大切に」「自分らしく」

生きるように、
なってきたのではないか

と思います。



たくさんの恩恵を受けて、

生きている気がします。



今年一年、神様、

私たちをどうぞお守り下さい。

私たちをどうぞ導いて下さい。



引き続き、

今年も幸福に生きていきたいと

思います。