ちょっ~と、論理、筋立てに、

“無理あるんと、ちゃう????”

(大阪弁、
合っていますでしょうか????)


そんな“出来”“仕上がり”

…なのですが、


思い切って、発表してみますね…


楽しんで、お読み頂けましたなら、


大変「幸福(さいわい)」なので、

ございます…。



☆進撃の庶民 ・反新自由主義・反グローバリズム
http://ameblo.jp/shingekinosyomin/ より


【「政治目線で見るから・・・話がこじれるのです」】
2017/11/25 11:55 コメント(4)

http://m.ameba.jp/m/blogArticle.do?unm=shingekinosyomin&articleId=12331084640&frm_src=article_articleList


コメント欄より、引用です。



■4.Re:Re:Re:無題
有閑爺い
2017/11/26 10:16
>田中リンクスさん

論じ方は色々あるのですが。

まず経済とは「物を作りそれを使うこと」と私は定義しています。
次に、政治とは「経済の部分集合である」と私は考えています。従って、経済を円滑に進めるため政治にはそれ相応の役割は当然あるとも考えています。

多くの人は、今日より明日は良い日であってほしいと願うとも思っています。

より良質のものをより多く手に入れることが「良い」という感覚のかなりの部分を占めるのも事実かと思います。

つまり経済拡大は人間の本源的欲望に合致することではないでしょうか。

最後に政治体制が如何なる変貌を遂げようとも「物を作りそれを使う」ということに変化はなかったはずです。
つまり経済から見て政治は取り換え可能な部分集合にしか過ぎないと私は考えています。



( ― 転載 以上 ― )




有閑爺い様は、

私が「ほっ」とした気分になるようなことを、よく書いて下さいます。


理屈抜きに
「ほっ」として、安心するのです。



『多くの人は、今日より明日は良い日であってほしいと願うとも思っています。

より良質のものをより多く手に入れることが「良い」という感覚のかなりの部分を占めるのも事実かと思います。

つまり経済拡大は人間の本源的欲望に合致することではないでしょうか。』




こういった『言葉』

私は大好きで、

「ほっ」と安心して、

安堵感に包まれます。


ほっ。




“爺さま”と言いますれば、

お懐かしい…。


「しま爺さま」



とあるブログで、ある方と、

「ある」「ない」水掛け論争を
されていまして、


「しま爺さま」は「 ~ 様」と、
物凄く低姿勢で歩み寄られ、
解決を図ろうとされるご様子なのに、


「 ~ 様」は、てんで「しま爺さま」に
つれなくて、たいそう強気で

たいそう「小粋」なお方でした…。



そんな「しま爺さま」の健気なご様子が、

いじらし過ぎて、

すっかり私の“笑いのツボ”に

はまっちゃいまして、

うけちゃいまして…。



その後、

「しま爺さま」のブログを
楽しく読ませて頂いて、


私は随分と
見識を深めることが出来ました。


例えば、

『教育勅語』


戦前、「ご真影」とともに、戦争に駆り立てる道具として利用された、


「良くないもの!」



それが私の中での

知識であり、常識でした。


「朕惟フニ」

「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」

…の部分を除けば、

なんら問題はない、

普通のことが普通に書かれているだけです。



「しま爺さま」は、

短い、簡潔な言葉で、

教えて下さいました。



戦後のGHQ教育に

見事なまでに

「洗脳されている」


…ということが判明した「私(わたし)」。



そんな、こんなで、



私の
若干「左寄りな脳ミソ」は、


健全な、
若干「少し右寄りな脳ミソ」に、


徐々に、徐々に、なっていきました。



めでたし、めでたし。



「右」の方が、

人間っぽくて、楽しい感じで、
リラックス出来て、ジョークも上手で、


私は、「右」が好きです。



「左」の方は、

“インテリジェンス”で、“有能”“ご立派”で
“優秀です! 優れています! オーラ満載!”


…そのような感じがするので、


私は、緊張してしまうのです。


私はリラックス出来る、

ちょっと笑っちゃうような、

ジョーク、ユーモアが満載!!!!


…な、「右」の方が、



やっぱり「右」が好きです。



話は逸れましたが、


「しま爺さま」は
お元気にしていらっしゃるでしょうか…。


The「日本の心」
「日本の良心」のような、

お茶目な「しま爺さま」です。



今日、
『横浜銀行』に寄って、

毎年恒例の
“ 来年のカレンダー ”を

頂いてきました。


今年は、早めに気持ち良く、

お部屋に貼れそうです。


( 追記 今年の『横浜銀行』のカレンダーは、少し色合いが寂しいです。

東山魁夷 さんの絵画が素晴らしいのは確かなのですが…

新年、お部屋に貼るのに、ふさわしいカレンダーなのかなあ…

落ち着いて、ゆっくり、考えてみます。

ワクワクする、気持ちがきれいになるカレンダーが「好き」 です … )



ブログを始めてから、
約1年と少しが過ぎました。



今日の東京の空は、

雲一つない、

とても、とても、きれいな

『青空』でした…




人々は優しい…、



そう感じます。



世の中は、確実に
「人々の善意」で成り立っています。



冒頭の、有閑爺い様がおっしゃるように、


『多くの人は、今日より明日は良い日であってほしいと願うとも思っています。

より良質のものをより多く手に入れることが「良い」という感覚のかなりの部分を占めるのも事実かと思います。

つまり経済拡大は人間の本源的欲望に合致することではないでしょうか。』




これは「真理」であり、

神様のルール、です、


きっと。



人々は誰しも、

成長を望んでいるし、

向上を望んでいる。



草木が大地にしっかり根を張り、
上へ上へと、力強く、
幹太に伸びていくように、

野の花が、たくましく、可憐に、
それぞれの美しさで咲くように、



きっと、それは、

とてもとても自然で、

理にかなっている、



ことなのだと、思います。



“安倍”さん、 は


神様のルールに逆行して、


「悪魔のパワー」
「悪魔のルール」で



人々が伸びて止まない、
自然な、成長、向上の欲求を

虐げ、疎外します。



「神様の真理」「自然の真理」


に反するようなこと

ばかりします。



けれども、


神様は、とても偉大であり、

とてつもないパワーを


持っています。



それは、
人類の歴史始まって以来、

一日とて、間違うことがなく、


太陽を東から西に登らせるような、



そのような、力(ちから)…。


それは、
一つの細胞、一つの種子が、
時を経て、やがて、例えば、

人は人に、花は花に、

正しく「生命たらしめる…」



そのような、力(ちから)…。



それは、

人智を遥かに超えた、


力(ちから)であり、

「パワー」です。




「伸びて止まない生命」を疎外し、


「自然のパワー」に逆らって、


神様がお造りになった、

この世の
「美しい、暖かい、生命の秩序」を



「悪魔のパワー」を使って、

粉々に壊そうとする、



無慈悲な

“安倍”さんは、



自然に従順であり、

生命が成長し、向上するのを喜ぶ、


人々が人々を愛し、親切にする、


人々が喜ぶようにと、


日々の仕事、

日々の暮らしを、

丁寧に積み重ねる、


そのような


神様に忠実、


誠実で真面目で、
真心があって、ひたむきな、


そのような

《 一般庶民 》の 力(ちから)、

「パワー」の積み重なりを

前にしては、



絶対に、絶対に、


勝てるはずがない、


勝てる訳がない…



そう、思うのです。




そのような気持ちで、


毎日、幸福をしっかり感じながら、


人生を楽しんで、


生きてみます。