世界が変わってしまったあの日から10年。

 

あの日、私はマッサージ師としてはじめての施術を行う日でした。

専門学校に併設されている臨床治療室に向かい、はじめての患者さんに冷や汗とともに向かっているところでした。

 

しばらくすると全身に揺れが

 

・・・なんだかめまいがする、、これはよっぽど私緊張しているのだなぁ

 

と、思いきや患者さんから顔を離して見上げるとまわり中がグラングランと揺れだしていて、あぁこれは私のめまいじゃなくて地震だということがわかりました。

 

患者さんに上からおおいかぶさって守りつつ、周りの状況を仲間とともに確認しつつ、窓を開け、玄関を開け、棚が倒れないよう守られました。

その後、患者さん皆様が帰られたのちに2階で待機、その時に携帯でTVを確認していた人から見せてもらった考えられない映像。。

それから少しして自宅へ歩いて帰りました。

 

また、その日に限って義理の兄が東京に出張で来ており、帰れなくなっているという連絡が。

通常ではほぼありえない時間をかけて東京駅まで迎えに行きました。

通りにあふれる歩く人々、ラジオから流れる帰宅困難者への救済場所の案内と励ましの音楽。

やっとやっと義理の兄を迎え、自宅に帰りついた時には夜中の2時を過ぎていたと思います。

翌日、奇跡的に義兄を故郷に帰すことができ、その後被災した現場や人々のニュースをみて現実を知り、世界が変わってしまいました。

 

数年後、以前勤めていた会社のボランティアのお手伝いで南三陸町を訪れ、復興途中の景色を見ながら、人々は以前の景色や親しい人との楽しい思い出を日に幾度となく思い浮かべていらっしゃるような気がしてとても切なくなりました。

 

振り返ると、その後日本では様々な自然災害が増えたような気もするし、私自身も大きく人生が変わりました。

そして今はコロナ禍でもあり・・・

 

年をとったからかな??

それともあまりにも多くのことが起こっているから??

いろいろ起こる事すべてがまったく他人事ではないと思うのです。

 

TVで被災された方々のつらかった話を聞くと涙が出るし、良いニュースを見るとやっぱり涙が出ます。

私だったらどうするだろうか、今笑っていられるだろうか、皆さんのたくましさはすごいな!と思うこともあります。

 

10年という時間が流れましたが、なんだかこの時間には”流れる”という表現が適切ではないような気がします。

けれども良い言葉が思い浮かびません。この時間を言葉にするのはまだ難しいです。

時間は過ぎたようでもあり、まだここにある感覚もあります。

 

今日はただ、「鎮魂」という思いとともに、今日を生きる人や旅立った人、そして人だけではないすべてが心静かに平和にすごせるよう祈ります。

自然とともに平和でありますように

 

合掌

 

 

 

日々是好日

今日を生きることが出来てありがとうございます。

今週も良い一日をお過ごしください。