日経が、鉱山・建設機械市場でトップの米国キャタピラーと第2位のコマツのPBRを比較して、PBRを構成する一つの要素であるROEを高めるよう、コマツを煽っている。

 

記事は、まず、キャタピラーのPBRが9.6倍に対して、コマツが1.6倍であることを示す。

 

そして、PBRをPBR=ROE×PERと分解し、ROEもPERもコマツはキャタピラーに劣っていると説明する。

 

ROEに関しては、キャタピラーが58.5%であるのに対しコマツは14.1%である。

 

RERに関しては、キャタピラーの16.4倍に対してコマツは11.1倍である。

 

 

さらに、大差のついたROEを深堀する。

 

ROE=売上高純利益率(純利益/売上高)×総資産回転率(売上高/総資産)×財務レバレッジ(総資本/自己資本)に分解して、それぞれの要素を比較する。

 

売上高利益率ではキャタピラーの15.41%に対してコマツの10.18%、総資産回転率ではキャタピラーの0.79回に対してコマツの0.74回、財務レバレッジではキャタピラーの4.79倍に対してコマツは1.89倍となっている。

 

ROEを構成する要素のいずれにおいても、キャタピラーに比べてコマツは劣る。

 

 

 

自己資本比率の逆数である財務レバレッジについて、仮に、コマツが借入金を増やすか、または、自己資本を減少させるかして、財務レバレッジをキャタピラー並みの5倍に高めれば、コマツのROEは37%にまで高まることになる。

 

リーダーを追うチャレンジャーのコマツが、競争力を維持しながらリーダーを追撃するには、このくらいのROEでも十分すぎるであろう。

 

財務レバレッジの改善は経営者の判断でできるが、売上を維持しながら売上高利益率を改善しようとすると、現場の犠牲や血のにじむような努力が必要となる。

 

コマツの売上高利益率10.18%を改善する必要はあろうが、キャタピラー並みまで上げこる必要はない。

 

そんなことをすると、コマツは、売上高を減少させたり、また、競争力を弱めたりすることになる。

 

 

 

株主最重視で株価を意識するあまり、株価を上げるための財務的数字を経営の第一目標にすると、事業を大きく棄損することになる。

 

財務数字による目標は誰にもわかりやすいので、取締役会では社外役員も議論に加わることができる。

 

一般的に、上場会社の社外役員は、弁護士、公認会計士、大学教授、金融機関出身者などで、事業会社の実務には疎い人々である。

 

仮に、他の事業会社出身の実務経験者の社外役員でも、その企業の現場を熟知しているわけではない。

 

彼らは非常勤であり、取締役会の議論の内容について事前に真剣に検討するようなことは稀である。

 

ワイドショーのコメンテーターよろしく、取締役会に臨んで即興で感想に近いコメントを述べているだけである。

 

財務的な目標は、社外役員にとってコメントしやすいばかりでなく、また、事業現場を知らない財務担当などの管理系の常勤役員も、議論に加わりやすい。

 

常勤・非常勤にかかわらず、現場を知らない役員が会議をリードするようになると、利益率が低い製品を整理しろとか、不採算地域から撤退せよとか、基幹事業でもっと儲けろとか、財務数字の裏にある様々な事象を考えずに、数字だけでわかりやすい結論を出すことになる。

 

そのような結論は、挑戦を続けている現場のリーダーたちを委縮させ、やる気をなくさてしまう。

 

 

 

グローバルサウスに代表されるように、昨今、内外で様々な新興市場が生まれている。

有能なビジネスマンであれば、チャンスを見つければ、会社の経営方針があるなしにかかわらず、本能としてそれをものにしようと果敢に挑戦する。

 

彼の働きによって可能性がはっきり見えてくるようになると、正式に会社の事業計画に組み入れられることになる。

 

新事業のきっかけや成功したイノベーションなどは、経営陣によってトップダウンで意図的につくられるものではなく、現場からのボトムアップによるものである。

 

 

 

財務的経営目標では、往々にして現場を無視した目標設定が行われ、ボトムアップによる事業革新を阻害してしまう。

 

そればかりか、新市場の出現や市場に生起した変化の芽を見逃すことによって、5年後・10年後となる事業敗退の原因をつくることにもなる。

 

かつて、日本はモノづくりの国として、米国市場を席巻した。

 

その成功は米国製造業者が、利益率重視という財務的経営目標の呪縛に陥ったことに起因する。

 

例えば、カラーテレビでは、米国企業は、画面の色重視、家具としての重厚製重視、携帯性など、高機能-高価格によって、高利益率を追求した。

 

これ対して、日本企業は低所得者や中産階級を対象に、シンプルな単一デザインで、高品質-低価格の製品を提供した。

 

日本企業は利益率よりもマーケット獲得を重視したのである。

 

 

近年は、当時の米国製造業者が落ちいたのと同様な呪縛が、日本企業を縛っている。

 

そのため、アフリカなどの新興市場では、韓国や中国の企業によって、日本企業が駆逐されてしまっている。

 

 

株主最重視で財務的経営目標を最重視するようになると、最後には事業を失ってしまうことになる。

 

企業の第一の経営目標は、常に市場の獲得である。

 

日本企業は、過去の米国製造業者を他山の石として、ゆめゆめ財務的目標を最重要経営課題とすべきではない。

 

ドラッカーは、「企業の目的は顧客の創造であり、そのためには企業はマーケティングとイノベーションの機能が重要である」説いている。

 

顧客の創造を忘れた企業は消滅する。

 

幸い、コマツの会長や社長は技術者上がりで、現場を熟知した経営者のようである。

無責任な新聞や現場を知らない社外取締役に惑わされずに、「顧客の創造」という企業の王道を進み、マーケット・リーダーとなってほしい。