中興の祖、故李健熙(イ・ゴンヒ)会長に率いられて急成長した韓国のサムスン電子は、後継者である長男の李在鎔(イ・ジェヨン)現会長の下で変革を急いでいる。しかし、先代会長が育てた事業の収益は細り、事業刷新は進んでいない。生前、先代会長は中国企業や国内同業者の追撃を受け、「今後10年でサムスンを代表する製品は大部分がなくなる」と危機感を露わにしていた。

 


 日経は、最近のサムスンについて、研究開発職の社員が上司から、「その改善案に前例はあるのか、そうでなければGoサインは出せない」と言われたことで、その組織風土を説明している。強烈なカリスマ経営者の下で急成長した企業では、カリスマが去るとカリスマの魂は風化し、形式的な前例踏襲経営が横行する。

 

 「安定したら劣化する」というのは、ダイソーの創業者である故矢野博丈氏の言葉である。矢野氏はさまざまな職業を経験して、100円ショップという新たなビジネスモデルをつくり出した。振興企業は常にイノベーションを志向し、新たな顧客価値を創造し続けることによって、成長拡大する。
 

 矢野氏は、2024年1月30日の産経新聞に連載された「『100円男』の哲学」のシリーズで、「企業の生き残りは容易でなく、むしろ潰れるようできている。」と述べ、企業という存在は一寸先の闇という危機と隣り合わせであることを示唆しいている。さらに、彼は、「小売店はまさに戦いだ。古代ローマをはじめ歴史上の強国が次々と滅んだように、強すぎれば衰退し、引きずりおろされる。安定した地位を得て満足したときは、すでに劣化が始まっている。これは経営者と従業員の双方に当てはまる。」と述べ、イノベーション持続の重要性を説いている。


 このような危機感や認識は、矢野氏ばかりでなく、ファッションのユニクロ・ブランドを立ち上げた柳井正氏、また、コンビニのセブンイレブンを展開した鈴木敏文氏など、事業の創業者に共通であろう。

 

 創業の精神は創業者の個人的な価値や信条であり、それらが社員個人の価値や信条として内面化されるようなことはない。カリスマ的な創業者が経営者として君臨している間は、社員は経営者の個人的な価値や信条を受け入れ、それらの価値や信条に基づき滅私奉公で挑戦的な仕事に励む。日々の仕事はきついが、彼らはその感情を押し殺している。カリスマ経営者が去り、後継者の治世となる。すでに会社はそれなりの社会経済的な地位を得ており、後継経営者にとっても社員にとっても、先代の仕事のやり方を引き継ぐのはつらすぎる。そうすると、組織には魂を失った形式主義が横行するようになり、イノベーションは生まれず、企業は徐々に輝きを失い、企業価値が低下していく。

 

 後継経営者の下で、企業価値を維持向上させるために企業再生を実行するためには、精神論だけではなく、変革マネジメントという新たな技術が必要となる。変革マネジメントでは組織集団を体系的かつ統合的に望む状況に変化させることによって、企業構造、事業構造(ビジネスモデル)、組織風土を変えることになる。いずれにせよ、カリスマ経営者去りし後の後継経営者は大変である。