去年の今日、インディは一人旅に出ました。
 
哀しくて寂しくて、
文字通り途方に暮れた日から1年…
 
もう一年も経ったのかと思うほど
インディのことばかり考えていた日々。
 
祥月命日、とはいえどうすればいいのだろう。
インディはお墓がない。
お骨はいつかわたしといっしょに土に還るためにとってある。
 
で、Google先生に訊いてみたところ、

「1・3・7・13・17・23・27・33・50年忌の「祥月命日」に法要

行います。(法要の年忌などは、地域や宗派により異なる場合があります)

上記の法要の年忌以外の「祥月命日」には故人の好物や好きだったお花を仏壇に供え、手を合わせます。お墓参りなども、故人に喜ばれる良い供養となるでしょう。」

とありました。
 
ちなみに、奇数は陰陽でいうところの「陽」にあたるため
仏事でも好まれると先日聞きました。
「でも、数珠はなぜか108なんですけど」とお坊さんが
ボソっとおっしゃってました…
 

 

インディの好物、とりあえず肉かなぁと

昨日、豚肉、鶏肉、牛肉を買っておきました。

多分インディの好きだと思う「ラフランス」はまだ見当たらず。

なんでも食べる子だったので、何が好物?と言われると困るのですが

新鮮で、匂いが強くて、高級な肉のときは食いつきが違った気がします照れ

 

何歳かのお誕生日のプレゼントに

「馬肉」食べ比べというのがありました。

熊本産馬刺しと青森産馬刺しの食べ比べをしたときには

熊本産の方が食いつきが良かったのです。

どちらも美味しかったのになぁ…と私は思いましたが

相方さんいわく、熊本産の方が高かったそうな…

 

ブルドッグは大抵、少し金銭的に余裕のあるお家で

育てられることが多いようです。

一緒に暮らしてみてわかるのですが、

とてもお金がかかるし、手もかかるのです。

我が家はとてもそんな環境ではなかったのですが

何も知らずに暮らし始めました…

お留守番も長いし、だからといってシッターさんがいるわけでもなく。

せめて快適であるように、といろんなものを優先的に与えるのが

精一杯でしたが、インディは他のわんこたちと比べることもなく

わたしが用意するものを余すところなく受け取ってくれていたと思います。

 

夕食の時間を何よりも楽しみに待っていて、

帰宅してもお迎えに来てくれないくせに、

キッチンに立つと必ず足元にいるのですにやり

 

寂しい、という思いはいつまでも尽きないけれど

インディのことを思い出して、誰かと話をするとき

とても愛おしい気持ちが湧きます。

「もう会えない」というのが受け入れがたいことですが

いなくなってもなおインディのしあわせを願って止みません。

 

 
昨日、大阪では大きな地震がありました。
わたしは仕事で朝早くから出ていました。
インディが一番安全な場所にいてくれてよかった、と思いました。
 
お留守番をしていても、寝ていたと思いますが…
(インディにとっては、自分に危害が及ぶことがあるなど
思いもよらないことなのです)
 
インディがいなくなったとき
たくさんのひとが助けてくれました。
ココロのサポートをするとき
わたしたちはよく、「自分を守れるのは自分だけ」と
言います。
それは、本当にそうだと思う。
自分を守ってあげられるのは、自分だけ。
でも、と思う。
助けてくれるのは、他人だけ。
自分に自分で救いの手は差し伸べられない。
 
だから、
自分の手は自分を抱きしめるためと同時に
他の人に差し出すものでもあるのだ、と思いました。
 
そしてインディの「お手」は芸ではなくて
差し出された救いの手でした。
 
インディ、ありがとう。