たかが風邪で熱を出しただけで、
ずいぶん寝込んだ気がする。
実際には中1日仕事に行ってるので
通算3日、寝込んだだけだけど。
どんなに古いものを食べても平気な
いつもの胃腸が明らかに弱っていて
口内炎が日替わりでできた。
歩いていても、気怠くふわふわとした感覚で、
生まれたてのヒナってこんな感じかな、と
根拠なく思う。
インディにとっては、
だけどパラダイスだったようで
ぴったりと、
寝返りも許さない勢いで、
ぴったりと添い寝をしてくれた。
病んだ身には
インディの頭は重かった。
でもおかげで、
身体が弱ったとき特有の
孤独感は一切感じなかった。
硬直した身体に、
さらに痛みを重ねながら
自己満足だなぁと自嘲する。
いや、待てよ。
自己満足なら、わたしは今すぐ
インディの頭をずらして
好きに寝返り打ちながら寝ればいい。
誰も批難しないだろう。
(インディはするけど)
正しい言葉はなんだろう…
‼︎
献身、だ。
これは、自己満足なんじゃなく、
献身なのだ。
少なからずわたしも親に反発して、
「そんなの親の自己満足じゃない」と
言ったことが何度かある。
今、正しい言葉に置き換えてみると、
「そんなの親の献身じゃない」となる。
自己満足を押し付けられちゃたまらないだろうと
思うが、
そもそも自己満足って
他人に押し付けられるものなのか?
自分が満足すればいいんだから、
自己完結してるはずのものだ。
でも、献身は、捧げる相手が必ず介在して
成り立つ。
「そんなの親の献身じゃない‼︎ 」
というセリフを残して、
泣きながら家を飛び出す、というのは
説得力のある画にならない。
ありがとう、しかないから。
熱に浮かされ、
インディに寝返りを封じ込められ、
夢うつつに教えられたのは、
若かりし頃、
たくさん受けた親の献身だった。
