こぢんまり京都遠足 その2 | holic-comic

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艶がについていろいろ。
基本、翔太くん推しです。

なんかもう1週間も経っちゃったけど、こぢんまり京都遠足の続きで御座います
遠足日記、あれもこれも詳しく書こうとやりすぎると途中で飽きるので(笑)、ササッと。パパッと。

ちゅうことで、市比賣神社をあとにして次に向かったところは、

文子天満宮でーーす!





こちらも、市比賣神社から徒歩10分くらい? なんかし、めっちゃ近い


こここそ
究極のこぢんまりやろう」 失礼やな
と、思って伺ったけれど、案の定無人のこぢんまりさやったけれども、案外こちらも長居したわー。


ちゅうのもですね、今年は春と夏に(たまたま)北野天満宮へ行く機会に恵まれたので
ついでに文子天満も行ってみるか
程度のコンセプト。

(コンセプトって)

どうも、菅原道真の乳母が建てたらしい? よくわからんが、学問成就やし女人加護やし(近いし)まあ行ってみるか!

こざっぱり。





こきれいな感じ。

さっきの市比賣神社が鰻の寝床風味というか、
「案外奥行きあるね・・・(しかもギッチギチな感じに)」
ちゅうような小スペース神社やったのに比べ、文子天満宮は一般的な入口がパーッとしてる神社。





お稲荷さんもあって、やっぱり商売繁盛





商売繁盛を謳わない寺社はないのではないかと思うな。(*´з`)
ええけどな。
どの温泉に入っても効用にリウマチがあるみたいなテンションか。

絶対違う

わりとあちこちウロウロしたのに、写真が全然なかった・・・。文子さんの写真とか、道真公が腰かけたらしい石の写真とか、撮ったような気がするんやけどなあ・・・。(;^ω^)
心のシャッターやね、たぶんね。
ちょっと荷物を持ちすぎてたんやね、このときね・・・。
ちゅうのも、なんか、こんなものがあったの!!







ジャーン すごい効果音言うな





京洛八社 集印めぐりですって!!!

スタンプラリーっていうたら怒られるやろうけど、スタンプラリーみたいな感じで、八社巡って集印をいただいてくるという企画らしい。
もう数年前からしてはるみたいやね。

せやけど、どういう意図というか、どういう繋がりの八社なのかちょっとよく理解できてへんけど(調べて!!)、気合をいれたら一日で八社回れるんやなあ。

これはまた日を改めて、ぼちぼち集めていきたいところ。





勿論今は文子天満宮のみ。(*´ω`)




色紙サイズなので、結構でかいです。
そして開運~!!





ところでこの文子天満宮ですけれどもね・・・。

天神信仰発祥の地
らしいのね。
で、境内にも、各地の天神で飾られている(道真公に関する)絵がまとめて飾られていたりして、
「へえ、こんなところにも天満宮があるんや!」
ちゅう具合。

大宰府と北野は有名として、さらに有名どころ(?)の天満宮にあるらしい絵を見ていたのだけど・・・。
まあ、あれだ・・・。

天神・・・って・・・何・・・?」 でた


そこで私よりずっと博識な姉に天満宮についてあれこれ語っていただいたのだけど、

菅原道真が京で政治的な、こう、争いに負けてというか、濡れ衣的なアレを着せられて大宰府に左遷させられた

ちゅう筋はさすがに知ってるけれども、じゃあなんで京都に天満宮があんの? ちゅう話でして・・・。

しばらく「えっ!?」ちゅうくらい、無知な話にお付き合いください・・・

大宰府で道真を祀るのはわかるよ。なんせ、大宰府でこう、非業の死を遂げはったんだよね。そこでこう、御霊的なアレだよね。
アレ?

せやったら、なぜ、北野に?
とは、常々疑問やったのだけど、どうもこの文子さんのもとにお告げがあって、

「北野に天満宮を作れ~」

みたいは話になった感じ? 文子さん以外のところにもお告げはあった様子やねんけど、じゃあ言われたとおり北野(らへん)に作るか! と、なった・・・と、いう流れでよいのかしら・・・。

ほしたらこの文子天満宮は何ですのん、ちゅうたら、文子さんが道真公からいただいた神像をおまつりしたというのが起こり・・・なんだそうで・・・。

ぶっちゃけ(ぶっちゃけるな)、天満宮と直接関係があるわけではない・・・? ねんね・・・?

ようは、ようはですよ、現在京都では菅原道真を祀っているのは北野天満宮やけれども、それよりも先に、道真の御遺徳を偲んでいた神社がありますと。文子天満宮のことです
せやから、(道真をおまつりしたのは)天満宮よりうちが先でっしゃろと。
ほしたらうちが天神信仰発祥の地ちゅうことでっしゃろと。

そういう感じ!? なんかすごいこう消去法的な・・・


イヤイヤイヤイヤすいません!! そんなことないですもうスイマセン!!! ちょう怖がってる


さらにですな、神社とは神様を祀るところというのはわかるとして、日本には

神様の国エッなんかてきとうなくくりやなから降りてきて国を作らはった神様



人の子やけどええ働きエッなんかざっくりしとんなをしたので神様に認められて神格にならはった神様

の、二種類がいてはらへん? 二種類て。種類て!! 悲鳴


せやけどその手の「人の子が神様になった」ちゅうのは、道真が生きていた800年代後半? 頃? よりももっともっともーーっと前の話のようなんやけど、平安の時代にも

「人の子が神様になる」

みたいな話って、あんの?
そして道真はそういう扱いなの??


いやー、わからんわー。
うっすらボンヤリとイメージしてるけど、詳細は全然知らん。ほんますいません。(誰に)


せやけども、文子天満宮にきて(やっと)天神信仰というのが、道真を「天神様」としておまつりする信仰なんだというのはわかった・・・。
と、いうか、初めて知った・・・。


菅原道真が大宰府で亡くなったあと、京都にはあらゆる天災やらなんやらがあったため、
「鎮まりください~!!」
ちゅうテンション(テンションて!!)で北野天満宮を作って、道真を祀ったのだと思ってた。

流れとしては間違っていないやろうけど(概ねは・・・)。

こうやって、没後、もんすごい祟りを起こして畏れられた結果、御霊のために祀られてここまで大々的な寺社が全国的にあるって人、ほかにもいてはるんかな。

そもそも、道真は天神さまかもしれへんけど、それはあくまで例えであって、天神さまは天神さまでもともとおわすよね?
そういう神様がいてはるよね。
道真=天神さまかもしれへんけど、天神さま=道真、ではないよね・・・?
ちゅうたら、天神さまも何人かいてはるん?

いっそ天部天神課道真みたいな、種類ちゅうか所属みたいな扱いなん、「天神」って。

わからんわ~。
神様が造ったはずなのに、神様のことがなんもわからんわ~。ほんますいません。


身近なところから辿っていくのが一番分かりやすいかもしれへんけど、身近なところすらない現状やもんね。(;^ω^)
勿論、知ってどう、ちゅう話ではないけど、なんかだんだん、知らんのは損やなあ、と、思うようになってきた。


まあそういうわけで、姉にもいろいろ教えてもらいつつ、決して広くない文子天満宮をウロウロしたので(ウロウロっていうか、グルグルレベルやけども)、こちらもうっかり長居しました。

市比賣神社と違って私らのほかは誰もいてはらへんかったのをいいことに、なんやかやとしゃべってしまったなー。
ちゅうか、宮司さん(・・・で、いいのか)やらの神社関係者もいてはらへん風味やったけど・・・? (;^ω^)