読書感想 ジュンパ・ラヒリ『わたしのいるところ』 | HYGGE 創作活動·読書感想

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お久しぶりです。 木庭です。

軽く読める短編が欲しい、と思い
入った書店でジャケットに吸い寄せられた。
手にとって、幾ページかめくりそのまま購入。家に帰ってから、帯に書かれた「長編小説」の言葉に気づいた。

長編小説。
確かに、主人公である視点を介して描かれる世界は一作通して変わらない。
けれど、一章一章がSSのように短いせいか、連作短編、もしくはエッセイと言ったほうが説明として正しい気がする。
(物語なのでエッセイではないというのは承知の上で。印象の話である。)
もちろん、頭から通して、長編として楽しむことも一つだけれど、1日の終わりに、ぱっと開いたところの一章だけをゆっくり読むほうがのめり込めるんじゃないだろうか。

多分、イタリアの街。
日本人が憧れる(?)陽気さと軽やかさ、人目を憚らない情熱。ラテン的、といって想像する明るさを日陰から覗くような内向的な昏さ。夏の夕暮れのような悪戯ぽさ。

久しぶりに、そこへ行ってみたいと思う場所の話だった。



夏に読んだ梨木香歩さんのエッセイ集「やがて満ちてくる光の」や
今年の話題書と言って過言ではないルシア・ベルリンの短編集「掃除婦のための手引書」も


読み応えのある作品だったけれど、
年内、もう何度か読み直すなら、
私は「わたしのいるところ」にするだろう。

ジュンパ・ラヒリは、英国生まれ米国育ちで、もともと英語での創作を行なっていた作家だ。デビュー短編集の「停電の夜に」に寄せられた堀江敏幸さんの言葉にある「慎重で冷静で、なおかつ慈悲深い観察者の位置」という視点は20年目の最新作にも活きている。




この、「わたしのいるところ」は2015年に出版された同著者のエッセイ(これは本当にエッセイ)「べつの言葉で」と同様にイタリア語で書かれている。

母語ではない言葉(両親がベンガル人であるラヒリにとって母語がベンガル語なのか英語なのかは、木庭には定かではないがー)で世界を綴るということは、どういうことなのだろうか。

「べつの言葉で」はまだ読めていない。
近く入手したい。