5年間住んだ、第二の故郷…南相馬市へ行ってきました。
R6を過ぎて、警察署をこえて、その先の十字路を過ぎると、景色が一変します。
浜街道を北上して、烏崎から南蛯に行きました。
自衛隊の方々が、赤茶けた水田の泥の中から、行方不明者を探していました。
白い砂利みたいなのは、テトラポットです。海岸から1km近く流されていました。
原釜に海水浴場の面影を残すのは、カニの形をしたトイレだけです。
釣り師浜は、全てが泥の一面になっていました。
堤防も、防風林も、家も、人も、何もかもが無くなっていました。
R6から水平線が見えました。
震災の現実がありました。
津波には、ぶつけようのない怒りと、深い哀しみと、絶望を感じました。
未来、希望、夢…
自分は、何ができて、何をすべきなんでしょうか?
少し霞んだ晴れ渡った空に、春色の海が映えていました。
iPhoneからの投稿
R6を過ぎて、警察署をこえて、その先の十字路を過ぎると、景色が一変します。
浜街道を北上して、烏崎から南蛯に行きました。
自衛隊の方々が、赤茶けた水田の泥の中から、行方不明者を探していました。
白い砂利みたいなのは、テトラポットです。海岸から1km近く流されていました。
原釜に海水浴場の面影を残すのは、カニの形をしたトイレだけです。
釣り師浜は、全てが泥の一面になっていました。
堤防も、防風林も、家も、人も、何もかもが無くなっていました。
R6から水平線が見えました。
震災の現実がありました。
津波には、ぶつけようのない怒りと、深い哀しみと、絶望を感じました。
未来、希望、夢…
自分は、何ができて、何をすべきなんでしょうか?
少し霞んだ晴れ渡った空に、春色の海が映えていました。
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