さてさて、私が1人になって何年になるのでしょうね。

両親はあんなに私を、可愛がってくれたのに。

なぜか、記憶は遠くなりにけり。

母とは一卵性親子と言われるくらい親しかったし、友達なんていらなかった。

いつでも、どこでも、母と出かけたニコニコ

母が大腸癌になって、オストメイトになったらもっと母とふっついて歩いた。

父が亡くなる前から仲が良く、札幌の短い秋などは家からふらっと2人で散歩にでたりしました。

私の病院にもついてきてくれた。
泣いてもくれた。

それなのにね。


今は、私には両親は果たしていたのか…と考えてしまいますもやもや

すべてはボンヤリ夢の中。

まだ若くて、弱音は吐かなく、最期まで生きようとした母ショボーン

その時は私も1番不安定でした。

T先生で良かった。
いつも泣いてた。


東京に越してきた時も、毎日20分は泣き暮らしていました。
それが、2年間続きました。

もうダメだ…と思った時、急に私の『生きたい』という本能か、サークルに入ってしまいました。


母がいなくなり、15年がたとうとしてます。
父は、命日は6月。
母は、12月の冬至の日。

いつも小豆からあんこを作り、カボチャ🎃と煮て。
父は、喜んで食べてました。

すべては霧の中のように、ボンヤリとしています。

法事も今はしていません。
親不孝です。
親がいたことを忘れようと生きています。

でも無理ですよね。

私自身が、親の形見なのですからえーん

せめて遠くから私のことを見て、笑っていてください笑い泣き



母と。

☆朝から重い話ですみませんぐすん