月日が経つのは早いものだ。今月18日で、東大の安田記念講堂の攻防戦から50年が経過したと聞いて、改めて月日の経過の早さを感じた


 私達が大学生時代に吹き荒れた「学園紛争」。その象徴とも言うべき事件が、東大の安田記念講堂の過激派と機動隊による攻防戦であった。
当時、私は東大の二年生であり、しかも小数派であった民族派学生運動の一員で、学園紛争を何とか解消したいと思っていた。

 

しかし、学園内では多勢に無勢で三派全学連に圧倒的に支配されていた。

わずか経済学部の自治会だけが「良識派」の自治会であった(その後、この自治会を中心に紛争が解決された)。
「時計台」と呼ばれていた安田記念講堂での攻防戦の時は、多くの学生が左翼の扇動に乗せられて立て込もった。しかし、機動隊が突入する情報を掴んでいた過激派の連中は前夜に逃げ出し、時計台内で捕まったのは扇動された一般学生がほとんどだった。
結局、捕まった連中はその後の就職が出来なかった。
だから、私のクラスは、法学部20人の内に弁護士が何と6人もいる(笑)。
安田記念講堂攻防戦のてんまつである。

   
     
北面武士