なりすまし史観―歴史の中のかぐや姫 4 | 南船北馬のブログー日本古代史のはてな?

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日本古代史は東アジア民族移動史の一齣で、その基本矛盾は、長江文明を背景とする南船系倭王権と黄河文明を踏まえた北馬系倭王権の興亡である。天皇制は、その南船系王権の征服後、その栄光を簒奪し、大和にそそり立ったもので、君が代、日の丸はその簒奪品のひとつである。

なりすまし史観―歴史の中のかぐや姫   室伏志畔



(宮本政朱撮影ー原大和の三諸山=香春岳の勇姿)




 かぐや姫に群がる『竹取物語』の「色好み五人」を、江戸時代の紀州藩の国学者・加納諸平がを六九六年に褒賞を受けた五人に比定したのを受け、私はかぐや姫が九州王朝の名家・藤(トウ)氏のラスト・プリンセスで、七一一年に博多湾西岸の糸島半島横の姫島で水死させられた乙女に比定した。そのかぐや姫が不死の薬を帝(みかど)に献じたことは、意中の人は帝で、それは「後皇子」と呼ばれる高市皇子ならぬ高市天皇であるとした。 『日本書紀』は六八六年の天武崩御に連動し、持統は称制を引き、六九〇年に即位したとするが、称制はともかく、即位は高市即位を隠すためであると私は幻視した。その高市天皇への倭国名家・藤氏のプリンセスのお輿入れにより、新皇子の誕生があるなら、持統の悲願とする孫・軽皇子の即位は不可能となる。ここに持統太后は不比等をはじめとする「色好み五人」と共謀し、高市に対する大逆を決行させ、そそくさと皇子級の高松塚古墳に高市を埋め、それぞれかぐや姫に求婚したわけだ。この悲劇に同情し、絵師は高さ90㎝の仙道で、ろうそくの灯をたよりにあの飛鳥美人図を書き上げ供養したわけだ。この大逆によって、持統の悲願である孫・文武即位が六九七年に実現し、その五年後の七〇一年に大宝を建元し、倭国に代わる日本国が誕生する。

私は加納諸平以来、難問であったかぐや姫と帝を比定できたのは、皇統一元史観を取ることなく、倭国から日本国への王朝交代論を、吉本隆明が提起したグラフト(接ぎ木)国家論を導入し、始めて明らかにすることができた。グラフト国家論とは、ピラミッド構造の旧権力の頭部をすげ替え、まったく別な新権力を生み出すことにある。その新旧権力は共に大和朝廷と呼ばれるが、高市崩御を境にまったく別なものに変化したのである。この新権力に対応し倭国から日本国への国号の変換があるが、そこに五年差があるのは、大和朝廷が九州王朝・倭国から列島王権の盟主の証である三種の神器の簒奪に時間がかかったことによる。日本国の最初の年号は大化ではなく、七〇一年の大宝に始まるのは、それが三種の神器が入ったことを誇っていたわけだ。

『竹取物語』の主要人物とその背景をこう私は推察してきた。この九州王朝・倭国から近畿王朝・日本国への王朝交代が、「倭国は日本国の亦の名」とする正史・『日本書紀』の詐術によって隠されてきた。目をこらせば、日本国は倭国のフェイクであり、藤原氏は九州王朝の名家・藤氏のフェイクであり、大和は九州の原大和である倭(やまと)のフェイクであり、三輪山は原大和の三諸山のフェイクにすぎない。(現在の香春岳)
 原大和の象徴であった三諸山(上の写真)は、ほかでもない筑豊の香春岳で、昭和八年までは写真のごとくあったが、三井の団琢磨はそれに反対する有力者を殺し削り始め、それを九州の麻生財閥に受け継ぎ、今は一の岳の半分近くが失われた無残な姿をさらす。そのように原大和の破壊が進む一方、その原大和の人たちが博多湾岸に移った糸島で生まれた「君が代」が、二〇〇〇年を前に天皇を戴く日本国の国歌の取り込みに成功する。

それだけではない。我々が知る畿内の大和地名は原大和の倭(やまと)地名のフェイクであり、それは八世紀を前後して九州から移された倭(やまと)人が大和人になりすましたことによるので、大和からの思いもせぬ発掘に「なりすまし」が驚くのは当然なのだ。 そのなりすまし大和で、大和を開拓した本来の大和人の多くは粛清され、その遺跡が「なりすまし大和人」の遺跡として語られる。それは大和の初代の開拓王の墓が、大和中心の皇統一元の記紀史観にならい「なりすまし大和人」の神武陵として語られる。それにならい、大和の豪族の古墳が大和地名に合わせ天皇陵に比定される偽造史が、記紀に合わせ大和で造作されたのだ。

我々は公教育として記紀史観を踏まえた「古代史を与えられた」ため、それによって「真実の歴史」が覆われているのに長らく気づかずにきた。大和朝廷に先在する九州王朝・倭国について知らされたのも、たかだか半世紀前のことにすぎない。その発見者・古田武彦を「偽書疑惑」をかけることによって、二〇年近い停滞が生み出されてきた。

思えば、倭国に代わる日本国誕生の契機は、七〇一年の日本国誕生の、半世紀にも満たない、六六三年の白村江の戦いに始まる。そのとき、倭国を裏切り敵の唐・新羅に内通した勢力が日本国皇統の前身で、それは公然と語るにはばかる史実にあるため、日本国は肝心なところで、建国の誉れを語りえない矛盾にある。それは、神武東征がニギハヤヒの天神降臨の功績を取り込んで造作されたのと同じで、私はそれらについて白村江の戦い辺りから、古代史を語り直そうと思う。→続く




大阪講演会  福永晋三講演会



テーマ「神武東征と魏志倭人伝」

日時  7月16日(土)午後1時~4時半

講師紹介 福永晋三氏は「神功皇后紀を読む会」を主宰、

     近著『真実の仁徳天皇』(不知火書房)

場所 大阪市天王寺区堀越町8-15 吉田ビル2階

 阿倍野ステーションビルをハルカスの反対側に出て、谷町線沿いに四天王寺方向に150メートルほど北に進むと、和菓子の「南春日 あもや」と呉服屋「和の心 粋美」の看板のあるビル。その横のドアから吉田ビルに入り、二階が会場。






第1回「古代史を楽しむ会」 2012.7.24

講演・座談  歴史の中のかぐや姫 室伏志畔

わいわいとまず、古代史をかぐや姫の悲劇をたどり直すことから、与えられた記紀史観を一緒に動かし、本当の歴史を奪回するおしゃべりに参加しませんか




会場案内

演題 歴史の中のかぐや姫


日時 7月24日(日)午後1時一4時半

場所 大阪市天王寺区堀越町8-15 吉田ビル2階

 阿倍野ステーションビルをハルカスの反対側に出て、谷町線沿いに四天王寺方向に150メートルほど北に進むと、和菓子の「南春日 あもや」と呉服屋「和の心 粋美」の看板のあるビル。その横のドアから吉田ビルに入り、二階が会場。

講師 室伏志畔 大芝英雄

会費は無料で、資格は問いません。素人大歓迎

連絡先 08038096373 吉田安夫





室伏志畔編「奪回・古代研究」17号発行



○目次

 倭国の地、北九州を旅して

        ー鈴木元輝


 赤い材の行方 ー越川康晴

  ー天武紀下の透かし読み


 随筆 難波津の歌ごころ

        ー大芝英雄


古田・安本論争-邪馬壹国論

        ー室伏志畔


○年6回発行 年会費3000円

○新会員先着30名に室伏志畔著『薬師寺の向こう側を謹呈

○連絡先 

住所 〒586-0073 河内長野市大矢船3-1-201

℡  0721-63-7672