一昨年より独り住まいになって滋賀で頑張っている妹がいる。

 

          私の入院中ひたすらラインで症状を聞き、

          身の回りのいろんな話、話題を送ってきてくれた。

 

 

          見舞客もない、病棟からも出れない私にしたら

          随分と気分転換にもなり元気づけられた。

 

          そんな妹から『tsuneちゃん応援に行くよ、うん家政婦です(笑)』

          うん、頼むなんて素直に返信できない私。

          それでも3日ほど経ってから寂しくなって『遊びにおいで』

          『暇だから明日行くよ!』    せめて布団くらいは干しておこう・・・・

 

          そして掃除と食事の用意してもらっては偶には妹と買い物したり、外食したり・・・・

 

         

          けれど毎日の片付けもなく時折は暇そう・・・

 

          「おい、明日天気よかったら能登へ行ってこようか?」

          「うん、行こう」   やはり遊びの決断の早いところは似ている。

 

 

          能登は母親の故郷、もう母親の実家も無いけれど

          この街を歩くとホッとする。

          私、2歳から4歳半ばまで居た田舎の漁港。

          そんな小さな頃の思い出がある。

 

          冬の寒い頃、多分もう年末『辻占』売りの何処か寂しげな声が

          そんな漁師町に響き、

          父親が大きな釜にお湯を沸かしそんな大きくもない借家の中を走り回り・・・・

          後で聞いたらその日に妹が生まれたんだとか・・・・

          そんな話を車中でしながら妹とのドライブ。

      

          たまには良いもんだ、きっとバアチャンも喜んでくれたかもしれない。