昨日のブログの続きみたいになります。

 

今は猫も杓子も大学へ進む時代

 

当地方の昔、まだ高校生が帽子を被ってというより頭に載せていた時代

普通高校は帽子に白線が二本、

入試直前になって受験校を変えた私は実業高校で帽子には黒い蛇腹がありました。

 

そして、卒業式の日、「やっとこの帽子を見ないで済む・・・・」

大学へ進学させる積りの母は当然普通高校へ進めさせたかったた気持ちは分かりますけどね。

『息子に言う言葉ではありません』とは思うけれど

 

東京で2浪している兄より先に地元の美術系の公立大学へ合格するともう大喜びで大変だったことを覚えています。

入試の1か月前に喫煙が見つかって1週間の謹慎処分、

その時は親父も 一緒に校長室へ呼ばれた母親も何も言わずに何事もなかったように黙って食事して・・・・

きっと何処かで親父と母が話をしてtsuneには怒るより黙っていたほうが応えるだろう

なんて話をしていたのだろうと思っている。

 

確かに怒鳴られるより、殴られるよりそんな仕打ちのほうがこたえたけれど。

 

そんな母親が嫌がる帽子を被っていた高校時代までは暇さえあれば叱られてばかりだったけれど、

進学してからは何をしても褒められはしないけれど叱られることは無くなって、

飲んでへべれけになって帰ろうと 朝帰りをしようと一切お構いなし・・・・

 

 

それから10年、所帯を持って東京から帰ってのある日 母がポツンと一言。

 

「本当はおまえは新聞記者にさせたかったけれどねぇ」

母も未だしっかりしていた頃、突拍子もないことを・・・

「えっ、何で?」

「名刺一枚でどんな偉い人とでも会えて話ができるから・・・・」

 

昨日の母の身寄りもない東京での看護学校での、そして看護婦時代の話を思い出すと

息子の一人にも多大な夢と希望を持っていた母親を思い出します。