自宅の書斎と云うか仕事部屋

       そんな部屋の本棚に母が残した日記帳がある。

       自分では日記帳なんて思ってなかったと思うから

       なんだ?

       そっか、子供らで云う自由帳かも。。。。。。

 

       思い出の走り書きであったり、ふっと気になったことが書いてある。

       誰に見せると云う気もないノートは だからそれは飛び飛びであり、

       その日の状態でその字はミミズがのた打ち回っているような

       判読不能であったりするけれど

       やっぱり母親の字は懐かしい。

       八十歳を回ったころからそのノートは

       落書き帳みたいでもある。

 

       要介護3の母のそれらの文字は

       鉛筆が無ければ手元の眉墨であったり、口紅であったり

       大概  『tsuneちゃん、たすけて・・・・』

              『tsuneちゃん、はやく来て』

                 『tsuneちゃん、だいすきなtsuneちゃん一緒にいて・・・』

 

       文体をなさないけれど息子を待つ母親の走り書きは

       妻の若いころのラブレターより直情的で強烈でもある。

       あのノートを書いたころの母親も一生懸命であったろうし

       その母親の処へ通った私も一生懸命だった。

       何も分からぬ、何も知らない息子は介護と云うより

       ただ先も長くはないであろう母親との思いで作りだった。

 

       だから四人の兄弟のだれよりも幸せだったと思っている。

       こんな寒くなった季節はよく近所のうどん屋から暑い饂飩を頼んで

       二人でフウフウ云いながら食べていた。

 

       夜、探し物して本棚を触っていたらそんな母親の書いたノートが出てきた。

       私の宝物であり、母親との思い出がいっぱい詰まったノートである。

 

       こんな時間、「tsuneちゃん、明日も寂しいから来て・・・・」

       そんな電話が時々入っていたことを思い出している。