玄関、下駄箱の上に萩焼の花瓶が乗っている。

一年を通しても花を活けられる事のない花瓶であるけれど
昔々、母親が一人でバスツアーに参加して
私に土産として買ってきてくれた花瓶である。

その横には伊万里や有田等の花瓶が華やかな顔して並んでいるから
ちっとも目立たない。

萩焼の花瓶にはこんな思い出がある。
 
 『 母の日記より 』  日付不明

『 楽しみにしていた津和野・萩のバスツアーに参加した。
たいていは中年以下、私が一番の老人の部類だったかもしれない。
けれど萩は一度は行きたいと思っていた所、
中でも松下村塾が見たかったのである。

平屋建てで昼でも薄暗いあの小さな部屋で
萩の青年・吉田松陰が開国論を唱え若い子弟に学問を吹き込んだ。

「 親思う心にまさる親心 けふのおとづれなにと聞くらむ 」
辞世の言葉が立札となっている。
私はその場を離れられなかった。

ふいてもふいても涙があふれてならなかった。
僅か二十九歳で極刑に処されて死んでいった
松陰の心を身近に聞くようなきがして・・・・(以下省略) 』


当時萩ツアーにこんな思い出があるとも知らず
私が好きだろうという思いで買ってきてくれた花瓶である。

母の日記は文字こそ?であるが文体はいま読んでもなかなかのだと思う。
あの事故の入院前だから八十に少し手前かな。

子供達もだれも来ない家で新聞を読んで
ツアーに胸ときめかせ、そして旅先でフッと子供たちを思い出し

本当に『 親思う心にまさる親心 』である。

この頃はよほど気が進まねば実家にも寄らず
たまの電話もさほど気にもせず
あの交通事故の退院時の
「時間があったら迎えに来てくれる?」

そんな電話一本から始まった母との見よう見まねで
頓珍漢な介護の真似ごと。
そんな思いがいっぱい香る花瓶である。


戯言云ってないでブログの移設も気になるし・・・(笑)