あの日本中が息を飲み込んで、眼をつむった日からもう五年。
あの時、妻の誕生日の翌日の午後の時間
市内をウロウロ走っていたとき
友人から電話が入って
「tsuneさん、何処にいるんや。
テレビ見てみい、日本沈没や・・・・」
慌てて馴染みの喫茶店へ飛び込んだら、
テレビの前にはたくさんの客が
ため息とともに黙って画面を見ていた時間。。。。。。
そんな時からもう五年も経っている。
被災された方々には改めてお見舞い申し上げます。
今尚、時々youtubeで被害の凄さと
世界中からの応援メッセージ、
そして警察、消防、自衛隊の方々の援助活動を時々覗きます。
あんな時しか日本人は一つになれないけれど、
それでも皆んなが一つになったと言うことは素晴らしいことだと思います。
今日のこんな時間、
NHKでは特番で『あの日から5年』って番組を見ています。
五年前にはのどかな生活を送っていた街も
原発事故によって元には戻れない町になってしまって、
先日番組で見たかつての市街地を我が物顔で歩く
イノシシ、そしてキツネ、アライグマの動物たち。。。。
普通の人が普通に生活できる処が集落、村、町であってこ
れらはみんな後、百年、二百年経って
ようやく人の住める場所になるのかどうか
それは今生きている人にも分かりません。
そして思うことは
今自分の住んでいるところがあんな、
いや半分でもの津波が来たら
弱っている母と妻とをどうするか・・・・・
やっぱりあの当時考えたようにどちらも走り回るより
二階の柱に縛って後は助けを待つしか仕方ないのかと思っています。