朝の早くから母からの電話が入る。
 
何してるの。。。。
お腹減った。。。。
兄が年金を持っていった。。。。
私が死んだら兄とは付き合わないほうがいいよ。。。
 
何が夢で
何が現で
何が幻なのか。。。。
 
本人も私も分かっていない。。。。。
それがいいのかなとも思う。
 
母は妻に優しすぎると言い、妻は母に優しすぎると言い・・・・
 
私からすれば両者引き分け。。。。かな
・・・・・の積り。。。
 
私たちは農耕民族です。
大地を耕し、種を蒔いて、じっと収穫を待つ。。。。
嵐が来れば穴を掘って体を隠して耐えるということを知っています。
 
特別の友人でなくても
豊かでなくても彼らは野菜やコメを分け与えてくれます。
 
自然の厳しさ、猛威を知っているからこそ
助け合うことが死なないことだと知っているのです。
 
だからあの神戸震災、東北震災の時はみんなが涙をこぼして助け合った。
自分の食べるものがなくても義援金を送ったり。。。。
そんなことすら少しずつ忘れ去られて。。。。。
日本人の悪いところは『喉元過ぎれば熱さを忘れる』ということかも。。。。
 
 
けれど殴った痛みも殴られた痛みも知ってしまうと
喧嘩なんてむやみに遣らなくなるように
 
痛みを知って人にやっと優しくできる。。。。。
 
 
中学時代、高校時代まで親に殴られ、感化院へ入れると言われていたのに
 
喫煙がバレて謹慎処分になった日から何も言わなくなって
大学生になったらどれだけ酒を飲んで帰っても
朝帰りしても何も言わなかった両親。
 
地元の職場を辞めて勝手に県外へ就職先を探しての旅立ちの日、
母は仕事を休んで
そんな日にバカ面して魚釣りをしていた息子のそばに来て
「体だけは壊さないように。。。」
 
そんな日があるから今、母のそばにいても何も言えなくて。。。。
 
今、考えるとあの謹慎処分のあった日に
親から殴られてこっぴどく叱られていたら。。。。
そのまま就職していたら。。。。。
今の私はいなかったかもしれない。
 
今でも母は私を助けているつもりかもしれない。。。。
あの頃の私が母のそばにいるのかもしれない。
 
 
そんなこと考えるとふっとした事で優しくなれる。。。。。
 
母と私と妻が助け合っているようなそんな気持ちにもなれる。。。。
 
 
もうすぐ神戸震災のあった日。