朝なんて、それこそ苦虫を噛み潰したような顔しているか
ボウーと焦点の定まらない目で鴨居のあたりを見ているか、
そうでなかったらババシャツのままでごろりと横になっているか
そんな母だけど
「ばあちゃん、きたぞ・・・・おはよう。。。。」
たったそんな一言で目が覚めたよな顔して笑顔で
「来てくれたの。。。」
私も男だからこうなって、ああなってとか話はしないけれど
顔を見せることで母は喜ぶ。
だから話も特別続かないけれど、
息子が傍にいて、お茶飲んでタバコを吸っている姿が嬉しいみたい。
そして私が子供の頃のようなつもりで
「。。。しなさい」
「こうしたら。。。。」
時々は云っていることが分からないけれど
話は彼方こちらへ飛んでしまうけれど、まっ良いか
慌てても仕方ないし、母にとっても私にとっても一日は一日、
同じ時間が流れている。
話は殆どというか、半分は愚痴であったり
兄の悪口だったりだけど
そんな子供たちの幼かかった頃の話となると笑顔がいっぱいに広がる。
決して四人の子育てと親父の薄給で楽ではなかったと思うけれど
今でもそんな頃が苦しかっとか
辛かったなんての愚痴は聞かない。
期末の通知簿渡しとか、授業参観日なんて
兄弟四人分の教室を回って。。。。
教師の言うことはしっかり聞いてきて
学年順位とか勉強には喧しかったけれど
一度小学生の頃もらった音楽の成績の2、
長兄は買ってもらったハーモニカも次男まで回らず。。。。
音階もリズムも。。。全く。。。
だから音楽に関しては
親父の音痴のDNAを継いだような私には何も言わなかった。
あれほど口やかましく躾にも厳しかった母が今では、
そんな息子の言うことを笑って聞いている。
だけれど何をしても、粗相をしても何も言わない、
そして気が向いたら
台所に立って食事の用意をしてくれる次男だからかもしれない。
そんな80も半ばを過ぎた母にああしろとか、こうしろとか
云っても理解もできず、苦しむのは母だけ。
そんな母をイラついた目で見ると母もおんなじ目で長兄を見るだけ。
笑顔をもらって、
母のそばで遊んでいることが一番かなと思う。。。。。