今朝の新聞に
ある企業の社長が
『社員は会社が守る』なんて言ってました。
そりゃ、私の事務所の何十倍か何百倍か分からないけれど
新聞の見出しにする様な事ではないんじゃないかな^^
 
 
国家が国民を守るのは当然だけど
今から七十年前は国民が国家を守るのに必死だったように
皆なが頑張った時代もあるんだし。。。。
 
社員は給料の為、自分の生活の為に頑張っているのかも。。。
 
 
 
けれど私は特別社員を守る積りも無いし、
社員も事務所を守るなんて気持ちも無いんだろうし。。。。
冷たく考えれば単なる雇用関係だけ。。。。
 
 
だけど本当に守らなければいけないのは自分の家族。
経った四人しかいない家族だけど娘たちは結婚して嫁に行ってしまったし、
寂しいけれど
其々の娘達の幸せは各婿さん達に託してしまったし、
後は婿さんが守ってくれるだろうし
何かの事があれば相談してくるだろうと思っているだけ。
 
 
そうなると守らなければならないのは妻だけ。
今もまだ病気が長くて苦しんでいるだろうけれど
彼女の気分は時々は凸ある時は凹。
 
決して真っすぐに線にはならないけれど、
そんな彼女の凸凹の幅が大きくならない様に、
 
刺激は極力抑えて・・・・
「あっ、そうか。。。」
「仕方ないんじゃないの。。。」
「また、今度にしようか。。。」
そんな言葉の繰り返し。。。。
 
何時の日か何時の日にかと思って来たけれどそんな病気なら仕方ない。。
なんて思うようになってきてしまって。
 
落ち込まれるより良いんでないか、
暴れるより良いんじゃないか、
汚い言葉を口にされるより良いんじゃないか。。。
そんな日々昔みたいに会話も続かないし、
笑顔も見る事も少なくなったけれど全て
病気のせいなんだと思うようになってしまった私。
 
きれいごとだらけでなかった恋愛時代。
楽しかったことも苦しかったことも沢山あるけれど
そんな思い出があるから耐えられるのかもしれない。
耐える事と守ることとは違うけれど、
現在の私には耐えると云うことが守ると云うことなんだろうかとも思う。
 
 
何時だったか以前の主治医に云われたように
『ご主人、よく耐えられますね』
『普通だったらとっくに離婚してますよ』
『この病気の御夫婦はご主人が耐えられなくなって殆どが離婚しています』
 
『アンタ、離婚を勧めているのかい?』
そう思うことも何度もあったけれど
色んな思い出があったから耐える事も出来たし別れる事も出来なかった。
それこそ心が折れると云うより
自分の心が空中分解して今度こんなことがあったら別れよう
なんて思うことも何度かあったけれど、
全て楽しかった恋愛時代の思い出に救われて。。。。
 
お見合いだったらこんな我慢できなかったかもしれない。。。。。
 
 
 
痩せて、腰が曲がって・・・・
歩く姿なんて実年齢より五つも十も老けて見えるかもしれない。
 
誰の所為でもない、薬と私の所為。。。。
 
だから妻は幸せなのかどうかは分からないけれど
しっかりと守らなければならない。
 
 
新聞の社長の様に社員を守ることは出来ないから
私自身が守ることが出来るのはほんの一人か二人だけ。。。
 
今日も夕方電話が鳴って
「おとうさん、なんかお寿司食べたくなったし連れてって。。。」
「分かった、直ぐ帰る。。。」
そんな電話一本でやっぱり夫婦なんだなと思う。
甘えてみたり甘えられてみたり。。。。
それもt家族を守っているのかもしれない。。。。^^