3月11日付けの日本経済新聞1面
『春秋』と云うコーナーにこんな記事がありました。
≪満員の通勤電車の中で、しくしくと泣く声が聞こえた。
誰もがハッとしたけれど。声の主を探して見回す人はいなかった。
言葉をかけてなぐさめる人もいなかった。
みんな前をむいたまま、黙って動かなかった。
車輪の音と泣き声を除けば、とても静かな車内だった。
▼その空気と時間の悲しみを、今もはっきりと思い出し、感じることができる。
津波から数日たっていた。
遠く離れた東京が、被災地とつながっていた。
「心を込めずに言葉を探すより言葉を探さずに祈りに心を込める方がよい」
インドの指導者ガンジーがそう語っている。
あの時ほど、言葉が無用だと知ったことはない。
▼東日本震災から2年がたつ。
にぎやかさが都会に戻り、東北の現場には工事の音が響いている。
何が変わり何が変わらなかったのだろう。
42人が犠牲になった南三陸町の防災庁舎は撤去と保存の両輪に揺れながら鉄 骨むき出しの姿のまま建っている。
記憶の跡を消したい遺族もここで祈る人が後を絶たない。
▼人が一心に祈るとき、本当に必要なのはわずかな場所と時間だけらしい。
祈りの先には必ず相手がいる。
それは別れた家族かもしれないし、復興に頑張る働き手かもしれない。
人と人とが線で結ばれ、無数の見えない糸が日本中に張りめぐらさせる。
14時46分。
また静かに目を閉じてみる。たぶん特別な言葉はいらない。≫
日本経済新聞さん記事を無断転載しました。
ごめんなさい
3月11日新聞、テレビで1日中この東北大震災の特集をやっていました。
前日までアベノミクスがどうだこうだと云っていたマスコミの特集に
何か違和感を感じた人もいたと思います。
その日を思い出して、
「絆」と「頑張れ」とか「一緒にいます」
そんな言葉は現地の被災された方々には多分もう聞きあきたでしょう。
口先だけなら何でも云えるし書ける○ス○ミ、メ○ィ○。
いつも貴方がたを心のすみにおいて
出来ることは僅かの寄付行為しかないけれど
今は絆と云う言葉より1日も早く安心して生活できるよう。。。そんな思いです。
頑張れなんてもう云いませんし云えません。
貴方がたは充分頑張っていらっしゃいます。
耐えていることもしっかり分かります。
安らぎの時間が早く迎えられますよう・・・そんな言葉を送ります。
出来ることは僅か、でも心は貴方がたと一緒にいます。