今、日展の会員でもある学生時代の友人はその学生時代が自分の青春時代だと云う。
 
地元国立大学の通学路でこんな二人を見て青春時代を思い出してしまう。
落ち葉の歩道を歩く二人・・・これも青春の一こま。
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文字通りの青い春。
特別何かが出来る訳でも無く単にあるのは若さだけ。
生きて何が出来るかも分からず何をやればいいのかも分からず、それでも何時も一生懸命。
 
あるモノは勉強に熱中し、別の仲間はスポーツに、別の人は遊びに夢中。
その先に何があるかも分からず、ただ夢中に過ごした時代。
 
覚えたことは人に褒められる事ばかりでなく、
今考えても大したものでなくどうでも良い事ばかりだったかも知れない。
 
そんな事を考えれば高一で中学生を軟派して
何がどうということも無くただナンパして暫く付き合ってみただけ。
今でもほんとに偶に、電話がかかってくるけれど昔の話をして笑っているだけ・・・
 
今考えても可笑しくて仕方がない。
 
だから今でも絵を描いている友人に比べると
私の青春期の目覚めは早くてそして間延びしながら長かったかもしれない。
 
何時の間にか大人の真似をしてばかりで、
だからいい事ばかり、素晴らしい事ばかりで無かった。
親の云うように後ろ指をさされることだけは無かったと思っている。
 
ただ若い、力もある・・・・それだけの自信。
そして僅かばかりの謙虚さと・・・・
何でも出来るような気持ちが何時も有って、それでいて結果は何も出来ず・・・
 
高校時代の同級生は入学の時から目立ったと云い、
そんな事とは知らず女の子のお尻をおっかけるのに只夢中。
大学では隣の短大生やらバイト先の女子店員やらひたすら追っかけまわし・・・
それが私の青春時代だったのかもしれない。
 
所詮は男と女。
 
人前では格好良いこと言って、でも二人きりになると何も出来ずウロウロしていたっけ。
軟派して二人きりになって何もしないとなると女の子の期待を裏切っていたのかも知れない。
だけど・・・だからか忘れたころに電話が入っての馬鹿話・・・
頭の一部は未だ青春なのかもしれない。
 
今考えても自分で吹き出しそうになる事ばかり・・・・それでも真剣だった。
 
どんなに頑張っても家から学校へ出かける途中の景色も教室からの景色も変わらない日々。 
単に若いだけで威張って何も出来ないのが青春なのかもしれない。
 
大人には大人の世界があると云うことに気づくのには長い時間がかかったような気がする。
 
分からないから学ぶこともスポーツも勉強も一生懸命になってしまう・・・
それが青春だったのかもしれない。