四時を廻って母の家
「tsuneちゃん、来なかったから寂しかった・・・・
今日は来ないのかと思ってた」
『ばあちゃん、そんなこと言ってもなぁ、自分にも仕事の段取りもあるしなぁ・・・・』
「ばあちゃん、外行ってくるか!!」
「何処行く?」
「うーん、分からんけどどっかその辺・・・・」
又、シートベルトを半分首に巻き付けて・・・・
「ばあちゃん、そんなことしたら死んでしまうぞ」
「これ、分からん」
何時ものやり取りがあって、
今日の行先は多分一番長い間住んでいた、官舎後。
私が小学校高学年より就職するまで居た官舎。
偶には母の記憶がよみがえる場所が良いかもしれない。
私も多感な頃だから一番記憶がはっきりと残っている。
多分母も一番経済的に苦労した時期だと思う。
息子三人が其々大学へ通っていたのだから、
もう言葉には云えない大変さだったと思う。
でも、一回も辛いとも苦しいとも云わなかった親父も母も偉いと思う。
私が中学時代、母が帰って来て
「tsune、八百屋さんがバイトに来てくれんかと云ってた」
「うん、分かった・・・」
何時も買い物に行っていた所為かもしれない。
それから高校時代まで夏休み、冬休みはその八百屋さんでのアルバイト。
「あれとこれと、そっちのあれも・・・・」
買い物に来るお母さん達の注文を聞きながら頭の中で一生懸命に計算・・・
未だレジも電卓も無い時代。
天井からぶら下がったザルの中に玉銭やお札が無造作に投げ込まれ、
その中から釣り銭を拾う・・・
ひと仕切り、お客の引いた時間、配達を頼まれたモノを自転車の後ろに積んで
露地から路地へ・・・・。
面白かったなぁ。
雪が積もった日には自転車ごと転んで・・・自転車を押して・・・
面白かったし楽しかった。
アルバイトのお金は皆な自分の小遣い。何に使ったのかは記憶に無い。
突然
「tsuneちゃん、一杯アルバイトしたねぇ、
ごめんね、おこづかいあげれなくて・・・・」
「気にしてないから良いよ」
とっくに官舎は無くなって多分払い下げられたのだろう、
ごく普通の住宅が建っている。
「ばあちゃん、あの頃は面白かったねぇ、雪が積もって道も歩けなかったよ」
生命保険の外交でバスに乗ることと、
歩くことしか知らなかった未だ幾らか若かった頃の母親の姿が目に浮かぶ。
「ばあちゃん、少し寒くなったからココアでも飲んで帰ろうか・・・・」
母とは何時も思い出が付きまとう・・・・