昼間のヘルパーさんも帰った午後
母と縁側に座り2人でお茶を啜りながら他愛のない話。
普通なら積んだり崩したりの話だろうけれど
積まずに崩したり崩されたり・・・・・

なんと言っても話がかみ合わない。
「tsuneちゃん、こんな事が書いてあったよ」
なんて、
自分で広告の紙や、封筒に走り書きした母の文字
『ハンコが無いから明日tsuneに云って買って来て貰おう』
『明日、年金を貰ってくること』
『長男は悪い奴だ、私の年金を使っている』
それらの文字は口紅で書かれたり、
眉墨で書かれていたり
メモ紙のそんな文字を見ると前向きの言葉なんて一つも無く
日長一日そんな事を思っているのかとか不憫になって来る。
何時の日にかでなくて近い将来にでも
いや、
自分で気が付かないだけで
現実に私自身もそうなっているのかも知れない。
確実に去年の五月より一年は年老いて
思考能力も判断能力も体力も
力と云う文字の付いたモノは衰えている。
いやだなとは思うけれど
母も好んで老いた訳でもなく
歳相当に全ての力が衰えて
自分独りでどうしようも無くなって
それでいて自分で気付かないでいる。
仕方のない事
何時かは繰り返される人間としての道。
糞尿で遊ぶ訳でもなく徘徊する訳でもなく
偶に人恋しくなって知り合いに電話をかけ続けるけれど
それも母ならできる事。
そんなことすら辞めさせようとして
怒鳴る兄がいるけれど
そんな詰らないことで母を責めても仕方のない事。
電話をかけようとする思いと
それを電話を掛けられた相手の事を迷惑とも考えずに
それが母らしいと思ってしまう。
母には母の生き方があってそれで好いのかと思う。